表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/28

【25】










 次にニキータが参加するのは、オペラ鑑賞だった。これってどうなのだろう。個人的には観劇は好きだが、人とかかわる暇があるかと言われるとわからない気がする。だが、エカテリーナは即答で「行くわ」と答えた。


「そ、そうか……それでお前はエカテリーナを後押ししてるのか」


 前のめりなエカテリーナの話を聞いて、ルスランが少し引いたように言った。公園の池のほとりを散歩しながら、レーシャは「そういうわけでもないですけど」と首をかしげる。


「エカテリーナ様がやる気なので、ちょっと手を貸すだけです。後は二人の問題ですし」

「まあ、そうだな……思ったより放任だな」

「過保護にしてどうするのですか?」


 きょとんと首を傾げたレーシャに、ルスランは苦笑して「そうだな」と同意を示した。


「それに、ニキータお兄様は、私がルスラン様をす、好きだって言った時も、否定しませんでした。だから私も口出ししません」


 実は、レーシャがルスランと婚約したことで一番影響があったのは、父ではなく次兄のニキータだった。ルスランの祖父であるイヴレフ公爵の部下だからだ。だからニキータは、妹をイヴレフ公爵に売って関心を買おうとしている、というような心無い中傷をされているらしい。頭のいいニキータはそうなることがわかっていただろうに、レーシャとルスランの婚約に口を挟まなかった。だから、レーシャもニキータがいいというのなら口を挟まないつもりだ。


「……なるほど。それもそうだな」


 納得したようにルスランがうなずいた。彼の耳にも噂は入っているのだろう。祖父はそんなことで左右される人ではない、と肩をすくめている。


「尤も、お兄様はそういった噂を気にする人ではありませんが」

「……だろうな」


 なんというか、人の悪意に鈍感と言うか、害がなければ問題なかろう、と言う人なのだ。噂程度ならちょっと聞き苦しいだけで、身体的に被害はないし、と言うような。……これを、数か月前の自分が考えていた気がして、レーシャは内心で首を傾げた。最近、みんながレーシャとニキータが似ている、と言うのは事実なのだな、と自分でも思う。


「祖父に媚びを売ったところで、いつまでもあの人が宰相なわけではない。かといって、私が宰相位を引き継ぐとも限らない。年齢的に考えれば、お前の兄の方が可能性があるな」

「爵位がありませんよ」

「それは何とでもなる話だ」


 確かに、一代限りの名誉爵位などもあるので、そこは本気であれば解決できる問題なのだ。そうなれば、エカテリーナとも身分的に釣り合う。まったく可能性がないわけではないから、レーシャも彼女を拒否できないのだ。


「ルスラン様は宰相を継ごうとは思わないのですか?」

「そうだな……なろうと思うには、私は第二王子に近すぎる」


 それは年齢が同じために仕方がない話だ。そして、レーシャが聞いているのはそう言うことではない。


「それは状況から合理的に見て、と言う話ですよね。ルスラン様自身はどうなのですか?」


 おっとり首をかしげてルスランの顔をのぞき込むと、足元がおろそかになった。ルスランに肩を支えられて、転げることはなかったがバランスを崩した。


「お前はもう少し自分の足元にも気を使え」

「……はい」


 反論できない事実なので、レーシャは肩をすくめてうなずく。


「それと、先ほどの質問だが」

「はい」

「私は別に、宰相になりたいとは思わない。正直、面倒だ」

「まあ!」


 ルスランの正直な言葉に、レーシャは驚いた声を上げ、それからくすくすと笑った。どうやら、ルスランは何かと苦労している宰相の祖父を間近で見てきたので、権力欲があまりないようだ。


「まあ、なくても困りませんが、あってもよいのではありませんか」

「そうかもしれないが」


 憮然とした表情で言うルスランがおかしくて、レーシャは笑った。ちなみに、オペラはレーシャたちも見に行く予定だ。その前に、レーシャはイヴレフ公爵家に連れて行かれる。一度、イヴレフ公爵自身に訪ねるように言われているので、行くのである。正直、レーシャはエカテリーナの恋路よりもこちらの方が問題だ。


 そう言うと、ルスランに不思議そうに首を傾げられた。


「宮廷でも会ったことがあるんじゃないか? 祖父から、ニキータ殿の妹が忘れ物を届けに来たことがある、と聞いたことがある」


 ニキータには妹が四人いるが、レーシャもニキータを訪ねて宰相府に行ったことがあるし、何ならイヴレフ宰相と顔を合わせて話をしている。だが、この時は将来有望な部下の妹でしかなかった。今は違う。跡取りの孫の婚約者だ。


「……それとこれとは話が別です」


 そうか? と首をかしげるルスランは、確かに人の感情の機微に疎いのだと思う。その自覚があるからか、フォローが入った。


「まあ、おじい様が楽しみにしていたし、大丈夫だと思う。むしろ大歓迎するんじゃないか。母上のように」

「……だといいのですが」


 ため息が出る。それを見とがめたルスランが言った。


「楽しくないか? ボートにでも乗るか、少し休憩にするか?」


 どうやら、湖畔散策が楽しくないのだ、と解釈されたらしい。レーシャは慌てて首を左右に振る。


「い、いいえ。楽しいです。……でも、少し休憩にしませんか」

「承知した」


 レーシャの動揺具合に、ルスランは少し笑ってうなずいた。ちょっとからかわれたようだ、と察してむくれて見せる。すると、急にルスランは真顔になった。


「……なんでしょうか」

「いや……」


 ふいっと視線をそらされて、今度はレーシャが首をかしげる。何かまずかっただろうか。顔をのぞき込んでみる。


「……あまり、可愛い顔をするな」


 どうしていいかわからなくなる、と言われて、レーシャはぽかんとした。言葉を理解する前に、頬が赤くなるのがわかった。それから、赤くなるようなことを言われたのだ、と気づいた。


「ル、ルスラン様はそういうことをさらっと言わないでください……」

「さらっとではないが……」


 完全に足が止まり、二人して照れている。こういうことがちょくちょく起こるので、学院の学生たちは、すでに遠い目になっている。


 婚約をしてから、ルスランは突然こういうことを言うようになった。本音を真面目な表情で言うこともあれば、自分も照れていることもある。確率は半々くらいか。


「……レーシャ」


 すっと手を差し出され、レーシャはルスランが差し出した手を握った。休憩をしようと、東屋に入る。


「……何か持ってくればよかったな」


 飲み物とか、とルスランが肩をすくめた。レーシャもそうですね、とうなずく。それほど長く散策するつもりはなかったので、用意はしてこなかった。二人とも馬車に従者やメイドを残してきているので、頼めば持ってきてくれるだろうが。


「……次はピクニックでもいいかもしれませんね」


 レーシャが目を細めて言うと、ルスランは何度か瞬いてから言った。


「お前は私のいたらないところに対して代案を示してくれるな。私としては少々情けないが……」

「……私はルスラン様がそう言うところを指摘してくださるので、案を出せるのですけど」


 顔を見合わせて二人とも小首をかしげる。きょとんとしたお互いの顔を見て、ルスランが軽く噴き出した。つられてレーシャも微笑む。


「さて。ボートに乗ってみるか?」

「そうですね。せっかくですし」


 誘われて、レーシャは笑顔でうなずいて、ルスランの手を取って東屋を出た。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


二人とも静かな方なので、日常は穏やかですね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ