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【24】









 本格的な冬を目前にし、このシーズン最後の宮殿での夜会が迫っている。レーシャがポリーナとお揃いで仕立てたドレスも、仮縫いを行い、仕上がりを待つばかりなのだが、先日のファトクーリン伯爵家のガーデンパーティーから、今度はエカテリーナの様子がおかしい。レーシャを見て何か言いたそうに口を開こうとし、そしてためらうように閉ざしている。レーシャも深くツッコむ質ではないので首をかしげるだけだ。


「ね、ねえ、エレーナ」


 エカテリーナにクラスで話しかけられ、周囲は騒然とする。ルスランやアヴィリアンがこちらを気にするように見ているのがわかった。


「……なんでしょうか」


 レーシャ自身は最近エカテリーナともよく話している、というか仲良くしている自覚があるので、さほど隔意なく首をかしげる。口元をもごもごさせるエカテリーナに、レーシャは廊下に出ることにした。ルスランがついてくるのがわかる。


「私、何かしてしまいましたか、エカテリーナ様」

「……そういうわけではないのだけど」


 そわそわとエカテリーナは組んだ指を動かし、視線をさまよわせる。しばらく眺めていると、彼女はため息をついた。


「……あなた、そう言うところよ。普通、ここまで話し出さなかったらイライラするものだわ」

「……はあ」

「調子が狂うわ」


 不機嫌そうにエカテリーナは言うが、本当に不機嫌なわけではないだろう。パフォーマンスに見える。レーシャは小さく笑った。


「私は、自分がなかなか話せませんから」


 レーシャはせかされることの方が多い。それがやはり嫌なので、レーシャは他人をせかさないようにしている。それだけだ。


「そうね……あのね」

「はい」

「ニキータ様ってあなたのお兄様……よね?」

「……そうですね」


 予想外のことを聞かれて、レーシャは首をかしげる。ニキータがエカテリーナに何かしたのだろうか。


「そうよね……ねえ、こっ、恋人はいるのかしら」


 頬を赤らめて尋ねられ、レーシャは「はっ?」と間抜けな声を上げた。しきりに瞬くレーシャに、エカテリーナは「な、なによ!」と声を上げる。


「わ、私があなたのお兄様を好きになったらそんなにおかしい!?」

「え、やっぱりそう言うことなのですか。え、冗談ですよね?」

「冗談でこんなこと言わないわよ!」


 恥ずかしさが限界突破したのか逆切れされる。だが、それくらいで動じるレーシャではないので普通に会話は続く。


「だって、ニキータお兄様ですよ? 有事の有能、平時の変人を地で行く……」

「あなたと何が違うのよ」

「うぐっ……」


 兄弟の中で一番似ていると言われるニキータとレーシャなので、反論できない。


 盛大な爆弾を落とされた気がしたが、授業の間の休憩時間だったので、放課後に話を聞くことになった。その場でカフェに行く約束をする。というか、ポリーナと一緒に行った時も思ったが、侯爵家のお嬢様でも普通に街に出かけたりするのだな。


「それで、どうしてポリーナちゃんがいるのでしょう」

「だって、面白そ……気になるじゃない」

「せめて本音を隠す努力をしなさいよ」


 ポリーナにエカテリーナが突っ込みを入れる。レーシャはこういう気やすいやり取りをにこにこ見ている方が好きなのだが、残念ながら、エカテリーナはレーシャの方に用があるのだ。


 曰く、ファトクーリン伯爵家のガーデンパーティーの時にかばってくれたことにときめいてしまったそうだ。かばったというよりは、正論でぶん殴っていた気がするが。あの時はホスト側だったので、対応としても間違ってはいない。


「招待客をちゃんと確認すべきでした。申し訳ありません」

「行くと決めたのは私よ。……それに、誘ってくれたことには感謝しているもの」

「ニキータお兄様に会えたからですか」

「天然!」


 そうではなく、単純に社交の誘いが減っていて、誘ってくれたのがうれしかったらしい。そっちか。ニキータが好きだと言われた衝撃に思考が持って行かれていた。


「ええっと……エカテリーナ様とお兄様のことなので、私がとやかく言うつもりはありませんが……ニキータお兄様は跡取りではありませんよ」

「わかっているわ」


 多分、ファトクーリン家の方ではなく、エカテリーナの方に許可が出ないのではないだろうか。一応、エカテリーナは第二王子の妃候補であったアニシェヴァ侯爵家のご令嬢なのだ。


「本人に関しては、意中だった某伯爵令嬢に振られたところなので、恋人はいませんね」

「そうなのね!」

「これ、どっかでも見たなぁ」


 ずっと興味津々に聞いていたポリーナがつぶやいた。その既視感はルスランとレーシャのことだろうか。


「うまくいったら、お姉様と呼んでもよろしくてよ」


 どや顔で言うエカテリーナがかわいらしくて、レーシャはくすくすと笑い、「その時は『お姉様』とお呼びしますね」とうなずいた。


 ルスランとレーシャが婚約したように、多少身分差があっても寛容な時代だ。あまり近い身分のもの同士の婚姻が進むと、血が近くなりすぎる。そのために、最近は身分差二つ分くらいならとやかく言われない。ニキータとエカテリーナも元の身分だけ見れば伯爵家と侯爵家なので問題ないように見えるが、ニキータが伯爵家の跡取りではないことで難易度が高くなっている気がする。


「どうしましょう? 私から聞いてみた方がいいですか?」


 頬に手を当てて首をかしげる。ポリーナが驚いたように「積極的だねぇ」と口をはさんだ。そういうわけでもないのだが。


「……そうね。このシーズン中に顔を合わせられるように計らってくれると……うれしいわ」

「わかりました」


 こくんとレーシャはうなずく。それなら難しくない。宰相府の人間として、ニキータはいろんな場所に顔を出している。あっさりと請け負ったレーシャをエカテリーナがにらむ。


「あなた、私が義理の姉になってもいいの」

「まだそうなるとは決まっていませんし」

「ちょっと」


 事実だが辛辣な言葉にエカテリーナが顔をしかめ、ポリーナが噴出した。今度はポリーナがエカテリーナににらまれる。


「それに、私は、その、好きでルスラン様と婚約しましたから、人のことを言えないと思うんです……」


 ぷしゅ、と顔が赤くなるのがわかる。我ながら照れすぎだと思うが、どうしようもないのだ。ポリーナがにまにまし、エカテリーナもちょっと面白そうな表情になる。


「なんというか、ポリーナが人をからかう理由が少しわかるわ」

「でしょ。可愛いよね」

「否定できないわね」


 エカテリーナもポリーナにうなずくので、レーシャは涙目で二人をにらむ。ポリーナが笑って「そんな顔でにらんでも可愛いだけだよ」と受け流す。


「ルスラン様に向かってやってみればいいのではない? あの堅物がよろめくのを見てみたいわね」


 よろめくだろうか。レーシャがルスランと仲良くしているといろいろと言ってきたエカテリーナだが、彼女もルスランのことは堅物だと思っていたらしい。


「……とにかく、ニキータお兄様の予定を聞いてきます。参加する夜会やお茶会はこっそり教えますね」

「え、ええ。ありがとう」


 突然話が戻り、エカテリーナがうろたえた。ポリーナがにまにまと同級生の少女二人を見つめる。


「いやぁ、恋する女の子ってかわいいよね」


 レーシャとエカテリーナはお互いの顔を見合わせ、そろってポリーナをにらんだ。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


まさかの女子トーク。


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