【23】
ファトクーリン伯爵家のお茶会は、秋が深まり涼しくなった時期の日中に開催された。夜会はどうしても照明の問題で薄暗い中になるので、明るい日の光の下だとまた趣が多少違って見える。なんとなく、参加者たちの表情も明るい気がした。
「すみません、ルスラン様。ご招待しましたのに……」
「いや、私は主催者側になったことがないので、なかなか新鮮だ」
今、ルスランは開催されているガーデンパーティーの裏側を見ている。レーシャは申し訳なさそうにしているが、申告した通りルスランは主催者側に回ったことがない。宮殿での夜会はそれなりに手配したりをしているので、完全に知らないわけでもないが。
ついでに言うなら、ルスランを裏手に連れてきたのはレーシャではなくニキータだ。少々問題が起こったので、助言を求められたのである。
「おかげでさっくり解決いたしました。ありがとうございます」
「それはよかった」
よかったのだが、同時にルスランはレーシャの母に捕まってしまった。彼女の話はどこで切ればいいのかわからず、相槌もうちづらい。
レーシャは最近、母の話をぶった切れるようになってきたようで、自分の母親に捕まっていたルスランを慌てて救出してくれた。
「……自分が情けなくなってくる」
「とっ、突然どうなさったのですか」
ぱちくりとレーシャが目をしばたたかせる。ルスランは思わず手を伸ばし、レーシャの頬に触れた。今日の彼女は落ち着いたブルーグレーのドレスを着ていた。マスロフスキー公爵家の夜会では鮮やかな青だった気がするが、彼女は落ち着いた色合いも似合う。耳飾りは銀細工、首元を飾るのも銀のチェーンだ。
金髪だから、金より銀の方がよさそうだ。色白なので銀が目立たないかもしれないが、そこは使う宝石にもよるだろう。今日はドレスの色に合わせたのか青い宝石だ。レーシャは碧眼なので、目の色にも合っている。
「あ、あの……」
無意識に目の下あたりを指でなぞっていたことに気づき、ルスランははっと手を離した。
「す、すまない」
「いえ……その、もっと触ってくださっても……」
レーシャがパッと口元を覆った。ただでさえ赤かった顔が首筋まで赤くなる。
触れていいのか、という思いとともに、やはり気恥ずかしさがこみ上げ、ルスランも赤くなって顔をそらす。
「レーシャ! ……あっ、お邪魔だった?」
妹のミラだ。今日は次兄のニキータが相棒のはずである。真っ赤な姉とその婚約者を見てニヤニヤしている。
「どうした、ミーリツァ」
先に立ち直ったのはルスランだった。ルスランがミラに事情を聴いている間に、レーシャが頬を押さえてなんとか落ち着こうとする。その小動物的な動きも可愛い……落ち着いても頬の赤味は引かないようだが。
「あ……実は、エカテリーナ様が」
「えっ」
レーシャの顔からさっと赤みが引いた。エカテリーナは、レーシャの招待客だ。最近仲がいいので呼んだらしい。聞くと、どうやらお姉様方にいじめられているようだ。エカテリーナがそんなものに屈するとは思えないが。
「……レーシャ。なぜエカテリーナを呼んだんだ?」
「……なぜ、と言われましても。被害者の私が率先して招待すれば、エカテリーナ様の周囲も少し落ち着くのではないかと……」
立派な建前を述べられたが、そう言うことではない。だが、実際に微妙な問題ではあるのだ。最近仲良くしているのだし、家格的にも呼ばなければ角が立つ。かといって、レーシャはエカテリーナによって被害を被った過去がある。それを踏まえると、招待する必要はないような気がするが、再び家格的な問題が戻ってくる。堂々巡りだ。
それに、エカテリーナは侯爵家の出身。レーシャのファトクーリン家は伯爵家だ。家格に見合った招待客の格と人数になるので、今日のガーデンパーティーは平均して本当に中の中程度だ。つまり、エカテリーナより身分の高い人間があまり存在しない。復帰の社交界としてはよいのだ。
「とりあえず、向かおう」
「そうですね」
こくっとうなずいたレーシャとともに歩き出したルスランだが、すぐにミラから突っ込みが入った。
「そこはエスコートするところですよ!」
ツッコまれてびくっとしたが、その通りだ。ルスランはレーシャに手を差し出した。
「気が利かなくてすまない」
「いいえ。うちの妹も、遠慮がなくてすみません」
「レーシャ!」
ミラが怒ったように声を荒げる。レーシャがふふっと軽く笑ったので、たぶん本当に怒っているわけではないだろう。
会場の庭園に到着すると、まだ膠着状態だった。どうやらレーシャの長兄クラウジーが間に入ったようだが、レーシャよりやや年上に見える令嬢が肩を怒らせている。ミラが「ああ……」と肩を落とした。
「お兄様が余計なことを言ったのね」
「この場合はニキータお兄様ですね」
「なるほど」
レーシャの解説をはさみつつ、近くまで行く。ルスランは待機していても構わない、と言われたが、レーシャと離れるのが不安だ。レーシャがきょとんと首をかしげる。
「そこまで心配なさらなくても、これくらいの対処はできますよ」
おっとりを微笑んで言われたが、ルスランは首を左右に振る。
「そうではない。私は一人になったとたんに囲まれるぞ。いいのか」
お見合いに連敗し、遠巻きに見られることが多いルスランであるが、なぜかレーシャと婚約してから周囲に人が、というか女性が集まってくるようになった。アヴィリアン曰く、「お前も人間っぽいところがあるんだな、と思われたんだろ」とのことだが、意味が分からない。ルスランは初めから人間である。
「それは困りましたね」
はっとした様子で、レーシャがうなずいた。彼女の了承を得たので、ともに現場へ向かったのだ。
「エカテリーナ様、何か不備がございましたか?」
いまだに怒っている年上の令嬢に対し、エカテリーナはすまして「別に」と答えた。年上の令嬢は「あなたねぇ!」と声を荒げる。
「そんなすました態度で、立場をわきまえなさい!」
「君は場所をわきまえるべきじゃないか?」
「ニキータ!」
「黙ってお兄様!」
クラウジーとミラが口をはさんできたニキータにツッコみを入れる。ツッコみが辛らつだがまとも過ぎてフォローしづらい。
「お二人とも同じ侯爵家の方ですよね? 何をわきまえるのでしょう?」
こてん、と首をかしげて、これはレーシャだ。ニキータとレーシャは兄弟の中で一番似ているらしいが、この時、ルスランはそれが事実であるとわかった。
「アニシェヴァ侯爵のことを知らないの?」
馬鹿にしたようにレーシャに言うその令嬢に、レーシャは「存じておりますよ」とやはりおっとりと言った。
「ですが、ここではお二人ともファトクーリン伯爵家のお客様です。苦情はエカテリーナ様ではなく、私たちにおっしゃってくださいませ」
頬に手を当てて微笑むレーシャに、令嬢は真っ赤になった。レーシャの言うことは正しい。正しいが、真正面から浅慮を指摘された形になる。
「……少し、八つ当たりをしてしまっただけですわ。申し訳ありません」
不貞腐れたようにその令嬢が謝罪したので、その場はおさまったが、後でニキータとレーシャはこってり怒られたらしい。
「怒られました……」
「私も、正論が正しいとは限らないと思い知った。気を付ける」
自分がくそ真面目な自覚のあるルスランはそう肝に銘じた。ガーデンパーティー自体は楽しかった。ルスランが普段参加しないようなタイプの社交だったし、ずっとレーシャが隣にいたからだと思う。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ルスランが囲まれるようになったのは、レーシャが婚約者になれるなら自分でも行けるのではないかと思った女の子たちによるものです。




