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【02】

本日2話目。











 来てしまった……。図書館の重い扉の前に立ち、レーシャはそんなことを思った。いや、学内の図書館で、学生が利用するのは不自然ではない。せっかく来たのだし、本くらい借りて行こう、と思い、レーシャはその重い扉を開けて中に入った。


 放課後の早い時間なので、そこそこ学生はいる。レーシャはとりあえず何かの本を読もうと書棚へ向かった。


 この学園の図書館の蔵書量は多い。お堅い専門書から、ロマンス小説などまでなんでもござれだ。レーシャは授業の予習にと外国語の本が並んでいるあたりで足を止めた。読みやすそうな本を選んで一冊手に取る。ぱらぱらと中身を見て読めそうなので最初のページを開いて目を通した。


「座って読めばいいんじゃないか」

「ひゃっ」


 図書館なので、耳元で小さくささやかれた声に、レーシャは小さく飛び上がった。声をかけた相手、ルスランが驚いたように目をしばたたかせる。


「いや、すまん。驚かせるつもりはなかった」


 声が出なかったので、うなずいた。こんなところで立ち読みしているレーシャが悪い。


「少し話さないか」


 ルスランに言われて、レーシャは視線をさまよわせた。どうする。うなずくのは簡単だ。正直に言えば話をしてみたい。だが、後から何を言われるかわからない……。ルスランは、おそらく本人が思っているより周囲の注目度が高い。


「……嫌、だっただろうか。すまない。俺はそうしたことに鈍くて」


 あまり表情は変わらないが、どこか悲しげに言われ、レーシャはびくっとした後に首を左右に振った。


「い、いえ。そんな、ことは」


 何とか言葉を紡ぎだす。ルスランはほっとしたように「そうか」と目を細めた。レーシャの言葉を待ってくれているのが分かり、なんとか口を開く。


「私もお話、したいです……」


 言ってしまった……後で何を言われるだろう。自分で「話をしたい」と言ったのに、自分の発言に青くなる。急激に悪くなったレーシャの顔色を見て、ルスランは心配そうに言った。


「どうした。気分が悪いか?」


 首を左右に振る。いや、気分は悪いかもしれないが、これは精神的なものから来るのでどうしようもない。ルスランは否定されても心配そうに、「とにかく座ろう」とレーシャの肩を支えた。触れる前に、一言断られた。優しいし、紳士だ。


 近くの机の椅子を引いて座らせてくれる。四人掛けの席だったので、ルスランも隣に座った。彼はレーシャが握りこんでいた本も取り上げて、机に乗せてくれる。


「あ……ありがとう、ございます」

「いや、大したことはしていない。体調が悪かったのか? 無理してこなくてもよかったんだぞ」


 心配そうに顔を覗き込まれて、レーシャは思わず身を引く。身を乗り出していたルスランはその反応に、「すまん」と謝った。


「なれなれしかったな」

「い、いえ……」


 首を左右に振る。驚きはしたが、謝られるほどのことではない。それに、レーシャがやってきたのは自分の意思だ。無視することだってできた。


 レーシャはもちろん、ルスランも寡黙な方だ。しばらく沈黙が降りるが、図書館という場所なら不自然ではない。だが、二人は話をしに来たのだ。


「その本」


 本、と言われて、レーシャはルスランが机に置きなおしてくれた本を見下ろす。


「予習か? 勉強熱心なんだな」

「あ……」


 レーシャは口を開いたが、声が出てこなかった。なかなかしゃべりださないレーシャに、ルスランはいら立つでもなく、言葉を待っている。


「その……読書が、好きで」

「そうなのか。私ものんびりと読書をするのが好きだな」


 そう言われて少し驚いたが、そういえば一人物静かな人だったかもしれない、と思った。


 レーシャとルスランのクラスには、この国の第二王子が在籍している。イヴレフ公爵の後継とみなされているルスランは、成績が良いこともあって、この第二王子の学友として認識されている。いや、実際に学友なので間違いではないのだが、この二人、あまり性格が合うようには見えないのだ。


 陽気で雄弁な王子と、寡黙で真面目なルスラン。真逆だからむしろ会うのだろうか、という気もしなくはない。少なくとも、仲は良いように見える。部外者であるレーシャの印象ではあるが。


 性格だけ聞くと合わないように見える。しかし、実際には仲良く見える。人は見かけによらない、一種の証明である。


「……昨日」

「は、はい」


 ぽつりと話しかけられて、とりあえず聞いていると言うことを示すためにうなずく。ルスランはちらりとレーシャを見てから続けた。


「何か悩みがあるように見えた」


 ルスランも言葉を探しながら話しているようで、会話の進みは遅い。レーシャも「そう、ですね」とゆっくりと口を開いた。


「よければ……話を聞く。代わりに私の悩みも聞いてくれないか」

「はぇ?」


 変な声が出て、レーシャはぱっと手で口元を覆った。粗相をしたと思ったのだが、ルスランは気にしていないようで、むしろ「可愛いな」と少し微笑んだ。さすがに頬が熱くなる。ルスランの顔の良さはレーシャにも分かる。そんな相手に微笑まれながら「可愛い」などと言われたのだ。当然の反応だ、と心の中で言い訳してみる。


「真面目過ぎる、と文句を言われるんだ。冗談が通じない、とも言われるな。本気なのか冗談なのか、判別できないだけなんだが……」


 唐突にお悩み相談をされて、さすがに面食らったレーシャである。だが、打ち明けられた内容に、一応頑張って返答を探してみる。


「ええっと……真面目なのは、悪いことではないと思うのですが……」

「面白みがない、と言われて振られたこともある」

「……あ、そうなんですか……」


 生真面目が服を着て歩いているようなルスランに恋人がいたことにびっくりしたが、まあ、これだけ顔がよくて地位も約束されているのなら、恋人の一人や二人いてもおかしくないのかもしれないと思った。


「でもそれは、お互いをよく知らずに承諾するほうも悪い……と思うのですが」


 もちろん、世の中には政略結婚なるものがあり、そちらのほうが主流であるし、結婚してから愛が芽生える、という人だっているのはわかっている。レーシャだって、そういう物語は好きだし。だが、これはそういうことではないのだと思う。最初からルスランが相手の好意を受けてただ承諾しなければ、そういうことを言われる事態にはならなかったのではないだろうか。


「なるほど……真理だな、エレーナ」


 真理というか、純然たる事実であると思うのだが。


「ですが、ルスラン様がその経験から己を見つめなおしたのなら、決して無駄なことではなかったのだと、私は思います」


 言ってからはっとして、慌てふためいた。


「あ、その、えっと、すみません」

「何がだ? 君の至言に感心していたところなんだが」

「……いえ……偉そうなことを言ってしまいました。すみません……」


 うなだれるレーシャだが、ルスランはやはり微笑んでいた。


「いや、ただの同級生の男相手の相談を、真摯に聞いて考えてくれているということだろう。優しいな、君は」


 ぱっと頬が熱くなり、頬を抑えた。ルスランは「どうした? 大丈夫か?」と声をかけてくる。こういう朴念仁なところも、女性たちを幻滅させたのではないだろうか。女は察してほしい生き物なのである。


「さて。君の悩みも、よければ聞くが。どうだ、エレーナ」


 先に自分の悩みを打ち明けたのは、レーシャに話させるためか。しかし、逆に言うと真剣に聞いてくれる気がある、ということでもある。そんなに知っているわけではないが、ルスランの性格からして人に話したりしないだろう。


「私……人と話すのが苦手で」

「ああ。私も昨日、初めて君の声を聴いた気がする」


 そういわれて、レーシャは頬を赤らめた。対して付き合いのない同級生にも寡黙だと思われていたのか。


「その……人の輪に、うまく入れなくて」


 角を立てずに事情を説明するのが、結構難しい。まあ、おおよそレーシャ側の問題ではあるのだけど。


「皆さん、どんどん話題を変えていくので、ついていけなくて……」

「ああ、わかるぞ、気持ち。口をはさむころには別の話題になってるんだよな」


 同意を示されて、レーシャは勢い込んでうなずいた。ルスランがその様子を見て苦笑する。ちょっと淑女らしからぬ振る舞いであった。


「今の反応を見るに、思考が遅いわけではないんだろう。思慮深いんだな、エレーナは」


 そんな好意的に解釈されたのは初めてで、レーシャは目を見開いてルスランを見つめた。視線の合ったルスランはぎょっとした表情になる。


「ど、どうした。大丈夫か? 気に障るようなことを言ってしまっただろうか」


 レーシャは慌てた様子のルスランを見てきょとんとした。ルスランに「泣いている」と言われて、自分が泣いていることに気が付いた。ハンカチで涙をぬぐう。


「すみません……何でもないです」

「そうか?」


 遠慮したのだろう。ルスランはそれ以上は聞いてこなかった。その適度な距離がありがたかった。


「今日はもう帰るか。話せて楽しかった。ありがとう」

「こちらこそ……ありがとうございました。私も楽しかったです」


 久々に心の底から笑うことができた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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