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【19】










 マスロフスキー公爵家の夜会では、レーシャの両親とクラウジーにも会った。ニキータは来ていなかった。大きな夜会だったので、レーシャが会場で会えなかっただけかと思ったら、そうではなかった。本当に来ていなかったらしい。なぜか両親ではなくイヴレフ公爵が理由を把握していて、振られた伯爵令嬢が参加しているので、自分は見合わせたそうだ。それが表向きの理由で、妹が取られたのがショックだったのだろう、とイヴレフ公爵に真顔で言われた。うちの兄がシスコンだと言いたいのだろうか。残念ながら、あまり強く否定できない。


 そして、ポリーナはレーシャに「お揃いにしようね」と言った発言を忘れていなかった。お揃いで仕立てましょう、とマスロフスキー公爵家の夜会が終わってすぐに、お手紙が届いた。そして今、レーシャは今王都で人気のブティックにいる。


「レーシャはやっぱり赤にしよう。深紅みたいな、深い赤がいいな」


 そう仕立て屋に注文を付けている。いくつか赤い布地を出されて、好みを聞かれた。


「好きなのでいいと思うよ。ルスランの方が合わせればいいんだから」


 きっぱりとポリーナは言い切った。それはともかくとして、一口に赤と言ってもいろんな赤がある。レーシャはポリーナの言った通り、深みのある紅の生地を選んだ。


「私はどうしようかな」

「お揃いなら、同じ赤……でもよろしくなさそうですね」


 レーシャはポリーナの見事な赤褐色の髪を見て言った。それほど赤味の強い髪ではないが、髪の色から判断して、ポリーナは赤とあまり相性がよくなさそうだ。


「そうなんだよねぇ。いっそ、私は黄色にしてみようか」


 ポリーナがレーシャの金髪を見て言った。ややくすんではいるが、金髪ではある。お揃いにするのなら、互いの髪の色に近い色にすればいい。


「……いっそ、全く別の色にしてもいいのでは……」

「いいや。今回はこれにする。よろしくね」


 ブティックの支配人に向かってポリーナがサクサクと注文する。きりっとした顔立ちのポリーナと、どちらかと言うと柔らか気な顔立ちのレーシャでは似合うデザインも違ってくるだろうに、大丈夫だろうか。


 ポリーナも支配人もレーシャにも意見を聞いてくれるので、結構楽しかった。本来自分の衣装の注文はこうあるべきなのかもしれない……。何度か仮縫いにも来なければならないが、ちょっと楽しみですらある。


「どうだった?」

「……楽しかったです」


 家族で注文に来たり、仕立て屋を屋敷に呼んだりすると、家族があれこれと口をはさんでくるので、面倒になっていたのだな、と気づかされた。たぶん、レーシャの注文が遅いのが気になるのだと思うが、レーシャだっていくつかの案を提示されれば選ぶことくらいはできるのだと知った。


「ならよかった」


 レーシャの答えを聞いて、ポリーナはからりと笑う。レーシャもつられて微笑んだ。少女二人が微笑みあうのを、仕立て屋の店員や針子たちが微笑ましく見ている。


「楽しかったついでに、近くのカフェにも行ってみよう」


 時間ある? と聞かれて「あります」と答える。兄弟じゃない女の子同士で出かけるとはあまりないので嬉しい。支配人の夫人らしい女性が、カフェに行くのなら、と今王都ではやりのスイーツを教えてくれた。学院には裕福な平民も通っているので、そうした流行は耳にしているつもりだったが、実際に街に繰り出してみると少し違ったものも見えるようだ。


「……視点を変えるというのは大切ですね……」


 今流行りだというクリームをたっぷり使ったケーキをフォークの先でつつきながら、レーシャは真剣に言った。向かいのポリーナが同じケーキをほおばりながら首をかしげる。


「真面目だねぇ。急にどうしたの?」

「いえ……」


 ただ、自分は引きこもりがちだったのだなぁと思った次第だ。いろいろなことを経験しなければ、わからないことだってあるのだ。本で読む知識だけでは得られないものを得た気がする。


「まあ、エレーナちゃんが今日楽しく過ごせて、得られたものがあるっていうなら、私も無理やり連れてきたかいがあるというものだね」


 大人びた風情でポリーナが言うので、レーシャは「別に無理やり連れてこられたとは思っておりませんが……」と、おっとりと首をかしげる。


「ポリーナちゃんがよくしてくれるのはなぜだろう、とは思います」

「そうだね。エレーナちゃんと話していると、落ち着くからかな」


 思わぬ返答があって、レーシャは顔を上げて目をしばたたかせる。こちらを見ていたポリーナと目が合って、彼女は照れくさそうに笑った。


「なんというか、私はずっとアヴィリアン殿下の王子妃になるんだろうって思っていたし、それに納得していたんだけど。そうなると、周りってそういう目で私を見てくるわけだよ」


 実のところ、第二王子の妻と言うのは微妙な立ち位置だ。王にはならないし、アヴィリアンはこのままいけば傍流王族として王宮を出るだろう。未来は王弟。その妻。地位は高いが、積極的に狙っていくかと言うと、そこまででもない、と言ったところか。


 ニキータやルスランたちの話を聞く限り、アヴィリアンは兄王子の補佐を求められているのだと思う。彼が側近として使っているものを見ても、その傾向が見える。


 王弟の妻であるとすり寄るか、直接的な権力からは遠い、と距離を置くか。今のところ前者が多く、おもねっている人が多いように見える。


「エレーナちゃんはおっとりしているし、話してると落ち着くんだよ。そう言う友人がいてもいいじゃない。ついでに、これだけおっとりしているなら、朴念仁ないとこ殿ともかみ合うんじゃないかと言う下心もあった」

「……ちょっと後半がよくわかりませんが」


 心安らぐ友人としてレーシャにいてほしかったのだ、と言われて、レーシャは面映ゆい。結果的にルスランともかみ合っているので、ポリーナの思惑が当たっていることになる。


「私に違う世界を見せてくれるポリーナちゃんが友達になってくれて、よかったです」

「ふふっ。私もだよ」


 ポリーナとより仲良くなれて気がして、うれしかった。


「今日はありがとうございました」


 この辺は少々もめたのだが、朝一報だけ入れて迎えに来たポリーナが、レーシャを送ってくれた。身分的に考えれば、レーシャが送らなければならなかった気がするのだが。そこは未来の義理の従姉と言うことで、と流された。


「こちらこそ。次はルスランに連れて行ってもらうといいよ」


 次期イヴレフ公爵は街歩きなどするのだろうか。考えてみれば、宰相の孫であるが第二王子の側近であるルスランも微妙な立場だ。いや、宰相の孫なのはポリーナも一緒だけど。


「エレーナちゃんがお願いしてみれば意外とついてきてくれるかもよ」

「……考えておきます」


 でも、言わないだろうなぁとレーシャは考えながら、ポリーナに向かって手を振って別れた。また、学院で会えるけれど、この時間が終わってしまうのがちょっと寂しかった。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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