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【16】










 いくら気が進まなくても、レーシャはファトクーリン伯爵家に所属する子女だ。家長である父に、イヴレフ公爵の跡取りに夜会に誘われたことを説明しないわけにはいかない。ここで言わなくても、招待状がレーシャあてに届いてしまう。


「あのね、お父様。その」

「何。はっきり話しなさい」


 父に報告に来たレーシャだが、同席していた母にぴしゃりと言われて口をつぐむ。書斎でお茶をしていたのだが、ティーカップを傾けた父が一口お茶を飲み、ため息をついた。


「ジーナ。あまりせかしてやるなと言っただろう。レーシャにはレーシャのタイミングがある。誰しもお前のようにせっかちではっきりしているわけじゃないんだぞ」

「まあ! 私がせっかちだというの?」

「少なくとも、おっとりはしていない」


 きっぱりと夫に言われ、母はショックを受けたようだ。というか、今まで気づいていなかったらしいことにびっくりである。だが、それよりも。


「……お父様、誰かに何か言われましたか?」


 尋ねると、父ににらまれた。おっとりしていてしゃべるのは苦手だが、レーシャは気が弱いわけではないので、にらまれたくらいではひるまない。ぱちぱちと瞬く。


「……お前が意思表示をうまくできないのは、周囲が早く話せ、はっきりしろ、とプレッシャーをかけるからではないかと言われた。……第二王子殿下に」

「……それは、なんだか、ごめんなさい」


 ルスランに指摘されていたので、レーシャもその可能性はあるかもしれない、とは思っていたのだが、アヴィリアンの耳にも入っていたようだ。第二王子がそんなに気にかけてくれるのが意外で、恐縮で、面映ゆい。まあ、ただの雑談だった可能性もあるけど。


「だとしたら、すぐに話に割り込んでくるジーナと、ちゃっかりしているミラやエリたちが原因ではないかと思ったんだ」

「なんですって!?」

「……ジーナ。そういうところだ」


 父が首を左右に振って指摘する。多分、レーシャの性格は父に似ている。父はレーシャほどおっとりではないが、穏やかな気性なのだ。


「だから、ジーナはしばらく黙っていなさい。レーシャの話を聞いた後に、いくらでも文句を言え。それで、なんだ?」


 そうだ。レーシャが言わなければならないことがあって話を振ったのだった。決して父が母に説教しようとしたわけではない。


「……その、マスロフスキー公爵家の夜会、ルスラン様に誘われて」

「まあ! イヴレフ公爵の跡取りじゃない!」

「ジーナ!」


 父に名を呼ばれて驚きの声を上げた母が口をつぐむ。そのやり取りやいつもの調子とは逆で、レーシャは思わず笑った。控えめに笑い声をあげるレーシャに、母はバツが悪そうだ。


「それで、お前はルスラン殿と夜会に行くんだな?」

「あ……うん」


 はにかみつつうなずくと、父は目元をやわらげた。


「承知した。お相手に恥をかかせないように不足なく準備をするんだぞ」

「はい」


 報告を終えると、レーシャは書斎を出た。大きく息を吐くと、自分が緊張していたことが分かった。体の力が抜ける。反対はされないだろうと思っていたが、自分で報告する、というのはやはり緊張を強いられた。再び気恥ずかしさがこみあげてきて、廊下で頬を押さえてしゃがみこむ。


「えっ、エレーナお嬢様、どうなさったのですか」


 赤い顔でしゃがみこんでいたので、通りかかったメイドに驚かれてしまった。顔を上げたレーシャが潤んだ目を上げたので、生暖かい目で見られたけども。








 父に報告したのはいいのだが、レーシャは別の問題に直面していた。


「ポ、ポリーナちゃん!」


 普段は訪れない別クラスのポリーナの元を自ら訪れるくらいには困っていた。レーシャにしては大きな声で名を呼ばれたポリーナは、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「何々? どうしたの? エレーナちゃんから来てくれるなんて珍しいね! うれしい!」


 本当に嬉しそうにポリーナが言うので、レーシャもほっこりして少し落ち着いた。廊下に出て教室から少し離れてから「それで、どうしたの?」と改めて尋ねられた。


「あの……公爵家の方と並んでも、つり合いが取れる程度の装いを教えてほしいのですけど……」


 家格的には高くもなく低くもない中の中のファトクーリン伯爵家だ。高位の貴族である公爵家のルスランと並ぶには、どの程度の装いが必要なのだろう。


「むしろ、ルスランがエレーナちゃんに合わせた方がいい気がするんだけど」


 ポリーナが怪訝そうに、おそらくかなり本気でそう思っている口調で言う。だが、レーシャは首を左右に振る。


「だって、ルスラン様はいつもちゃんとしてるじゃないですか。あ、いえ、私もしていないわけではないのですけど……」


 うまく説明できない。だが、レーシャはいつも、自分には微妙に似合わない格好をしている自覚はあった。学院は制服なので、多少差異はあっても基本は同じだ。だが、ドレスとなると、オーダーメイドだし、たとえ既製品を選ぶとしても、センスというものが試される。レーシャは自分の見立てをあまり信用していないのだ。


 屋敷に仕立て屋を呼ぶ場合、母や姉妹たちがてきぱきと自分の注文をして、レーシャの方にも口を出してくる。自分の要望をうまく伝えられなくて、いつも意図とは多少違う仕上がりになる。レーシャの注文が遅いこと、また、デザインが気に食わないことから母たちが口をはさんでくるのだと思うが、レーシャはいつも自分の意図とはずれている上にあまり似合っていないドレスを着ている気がする。


 ニキータなどと一緒にブティックを訪れることもあるが、この時はどうしてもおとなしいデザインを選んでしまう。この間も、たぶん、ニキータが勧めた赤い生地のほうが似合っていたという自覚はある。


 以上を踏まえて、レーシャはポリーナに泣き付きに来たのだ。まあ、夜会までの日数を考えても、一から作ることはできないが、アドバイスくらいはもらっておきたい。


「つまり、好きな人の隣に立つのに、自分もきれいに装いたいってこと? 何それ可愛い。何、この可愛い生き物」


 むしろ私の嫁に欲しい、とポリーナが真顔で言った。彼女はレーシャの頭からつま先までを眺めて一つうなずいた。


「わかった。今度の休みの日、レーシャのお屋敷に行ってもいい? どういう服があるか見たいんだけど」

「えっ、でも……ポリーナちゃんが来るのですか?」

「私が行かなくて誰が行くのさ」


 大真面目に言われ、こういうところ、従兄に似ているな、と思った。


「見ないとアドバイスもできないじゃん」

「……」


 真理である。レーシャは結局了承した。休みは三日後だし、伯爵家的には侯爵令嬢の申し出に否とは言えない。普通は、レーシャがうかがう側だとは思うが、ポリーナやその周りが気にしないのならいいということにしておく。頼んだのはレーシャだし。


「あの、ありがとうございます」

「いやいや、まだ解決してないよ。それに、私もエレーナちゃんを好きに飾れるならやる気が出るってもんだよ」


 ポリーナがちょっと変態っぽいことを言う。さらに、「ほんとはルスランがやったほうがいいんだろうけどね」と付け加えた。


「装飾品くらい、贈るように言っておいた方がいいかなぁ」

「えっ……いいです」


 そう言うのをいきなり贈られても困る。姉が婚約者から装飾品などをプレゼントされているのを見ているので、そう言うものなのは理解できるが。


「そうだね。まず、エレーナちゃんをどう飾るか方針を決めないと」

「……」


 後から聞いたところによると、ポリーナは基本的に選ばれる側なので、人に選ぶ、という行為が珍しかったのだそうだ。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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