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【15】











 相変わらず、学院へ行くとルスランはレーシャに話しかけてくる。いや、嫌なわけではない。嫌なわけではないのだが、ニキータに言われたことを思い出して、自分から切り出すべきだろうか、と悶々としているわけである。


 それが態度に出ていたのだろう。ルスランに「どうした?」と顔をのぞき込まれる。図書館で課題をして過ごすことの多い二人だが、この時は庭に面した渡り廊下を歩いていた。人通りは少ないが、開放的な空間で、見ようと思えばこちらの様子は筒抜けだ。


「いっ、いえ……」


 反射的に首を左右に振り、内心しまった、と思う。これでは何かあると言っているようなものだし、いっそのことこちらから切り出してしまえばよかった、と思った。


 だが、ルスランは突っ込んでくることをせずに、「そうか」と一つうなずいてから再び口を開いた。


「レーシャは」

「は、はい」


 いまだに、ルスランの声で愛称を呼ばれることに慣れない。返事がどもったレーシャであるが、ルスランは微笑んだだけでツッコんでこなかった。


「私が誘ったら、マスロフスキー公爵家の夜会に共に出席してくれるか」


 レーシャはルスランを見上げた。先ほどまで悶々と考えていたことを直接たたきつけられた。言われたことを理解したとたん、カッと熱くなり、言葉が出てこなくなる。口を開こうとすると喉の奥が詰まって声が出てこない。


「……いきなりだったな。すまない」


 一歩引いたルスランに、レーシャは慌てて首を左右に振る。そうではない。


「い、いえっ。その、私も、同じことをお願いしようか、迷ってて、その」


 しどろもどろの言葉だったが、ルスランは要点をつかんでくれたらしい。笑って「先に言えてよかった」と答えた。


「つまり、一緒に行ってくれるんだな」

「は、はい」


 先ほどの言葉が、レーシャにルスランとともに行く気がある、と言っているも同然なので、レーシャは抵抗せずにうなずいた。


「一応言っておくが、マスロフスキー公爵家は私の実家だ」

「存じています」


 マスロフスキー公爵家に嫁いだのが、イヴレフ公爵の娘なのだ。本来ならルスランは、マスロフスキー公爵家の跡取りだっただろう。しかし、彼はその才覚を見込まれてイヴレフ公爵に引き取られ、後を継ぐことになった。マスロフスキー公爵家は、彼の弟が継ぐことになるようだ。


 同じ公爵家だが、イヴレフ公爵家の方が序列が上である。なかなか複雑そうな家庭環境だ。


「……あの、この場合、ルスラン様はマスロフスキー公爵家側になるのでしょうか。ホスト側ですか?」


 一気に体温が上がったが、返事をしたら落ち着いてきた。まだドキドキしている胸を押さえながらレーシャは尋ねた。ルスランはちらりとそんなレーシャを見てから首を左右に振った。


「いや、私は親族ではあるが、招待された側だな。私がホスト側にいるといろいろと面倒くさい」

「……」


 やっぱりなかなか複雑な家庭環境だと思う。まあ、貴族社会ではそんなに珍しくもないのかもしれないが。祖父の爵位を孫が継ぐ、と言うことはまま聞くことのある事態だ。


「私は確かにマスロフスキー公爵家の出身だが、イヴレフ公爵位を継ぐ。面倒なことに巻き込むことになるが、いいのか」


 了承を得てから確認を取るのはずるいと思う。ぐっと唇を引き結んでまなじりを吊り上げたレーシャはきっぱりと言う。


「前言を撤回したりしません。嫌味を言われても受け流すのにはなれているので問題ありません」

「それは問題ないとは言わない気がするが、そうか。ありがとう」


 ルスランの生真面目そうな表情が崩れ、照れたような笑みが浮かんだ。レーシャは目を見開き、その笑みを直視できずにうつむいた。その恥じらいを見てルスランも照れて顔をそらした。顔を赤らめた年頃の男女が見晴らしのいい渡り廊下で向き合っている。そのため、目撃者は結構いた。


「エレーナちゃん、ルスランと付き合うの? 告白された? いや、したのかな?」


 興味津々で尋ねてきたのはポリーナだ。いつもの中庭のベンチで身を乗り出すようにレーシャに迫る。


「え、えっと……」


 気恥ずかしさもあるのだが、勢いに押されて口ごもる。ポリーナは自分が政略的に婚約者を決められたからか、人の恋愛話などが好きなようだ。さばけた性格のであるのに、ちょっと意外だ。多分、従兄のルスランをからかいたい思いもあるのだと思うが。


「……その、マスロフスキー公爵家の夜会にご一緒する約束をしただけで」


 勢いと押しは強いが、ポリーナはレーシャがおっとりしていることを知っている。なので、ひとまず返事があるまで待ってくれるようになった。


「ほうほう。それはルスランから?」

「え、えっと。そうですね……」

「そうかそうか。やればできるじゃない、あいつも」

「……」


 相手が仲の良い従兄だとはいえ、言うことが手厳しい。たぶん、生家とは違う家の爵位を継ぐ従兄への心配もあるのだと思うが。たぶん。


「エレーナちゃん」

「あ、はい」


 急に真面目な声を出したポリーナに、レーシャも居住まいを正す。澄んだブラウンの瞳が、まっすぐにレーシャを見ていた。


「私の従兄をよろしくね」


 その真剣な様子に、レーシャは何度か瞬き、目を細めた。微笑んで首を傾げ、「はい」とうなずく。


「私なんて頼りにならないかもしれませんけれど」

「そんなことないって」


 そこにいるだけで安らぐことだってあるのだ、とポリーナは言った。だとしたらいいな、と思った。


「ところで、殿下からルスランが上の空で役に立たないって苦情が来てるんだけど」

「えっ」


 最後に投げられた爆弾に、レーシャはどう反応したものか迷った。迷っているうちに、予鈴が鳴った。食べかけのお昼御飯が目に入る。半分くらいしか食べられなかった。授業中におなかが鳴るかもしれないな、とぼんやりと思った。


 レーシャがルスランとマスロフスキー公爵家の夜会に行くことになったので、ニキータにそれを伝えなければならない。レーシャは次兄の下宿先を訪ねて伝えることにした。手紙を書いてもいいが、結局これが一番確実で早い。


「そうか、なるほど」


 変人な兄は、意外なほど真面目にうなずいて見せた。ふと、伯爵令嬢に振られたという兄が心配になった。


「お兄様はどうするの?」

「ん? 俺? まあ、ミラに頼むか、一人で行ってもいいし、そもそも絶対に行かないといけないわけじゃないからな」


 さらっとそんなことを言う。出た方が無難だが、強制参加ではないのだ。


「真面目な話をすると、レーシャ。結婚の約束をしたわけではないな?」

「けっ……!」


 かあっと頬が熱を持つのがわかったが、すぐに冷静になった。


「……とりあえず、夜会のエスコートの約束だけ。場合によっては、家に話が来るかもしれないけど」


 真面目なルスランは手順を踏むと思う。恋愛的にも政治的にも。だから、レーシャがルスランを好きだ、付き合おう、となっても、それだけで終わらず、縁談を正規の手順で申し込んでくると思う。


「だろうな。父上に話しておけよ」

「……うん」


 父に言えば母の耳にも入る。それがちょっと面倒くさい。ニキータはレーシャの様子を見て笑った。


「お前、母上が苦手だなぁ」

「……そうね」


 その母はニキータが苦手だ。だから、似たところのあるレーシャが、ニキータに似ないように気をまわしているのだと思う。どう考えてもニキータほどの変人になると思えないし、正直、余計なお世話である。


 その変人な兄は、レーシャが考え込んでいるうちに何かの試作を始めた。曰く、説明書の方法で実際に作成できるかを調べているそうだ。言われれば納得するが、突然始めるから変人に思われるのだと思う。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ルスラン、なかなか複雑な身の上。


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