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【11】









 ふと視線を上げると、エレーナが目に入った。静かに課題を解いている姿をまじまじと眺めてしまい、そんな自分に気づいたルスランは驚愕する。


 何か興味を引くようなことがあっただろうか。おっとりした彼女と話すのは楽しかったが、わざわざ話に行くほどの積極性はない。ただ見つめるというのはなかなか変態性が高いのではないだろうか……。


「ルスラン様?」


 机の向かい側に座っているエレーナが、のぞき込むようにルスランに声をかけた。はっとする。ここは学院の図書館だ。ルスランは調べものをしていたのだが、王宮図書館の方がよさそうだ、と思ったところである。


 彼女は彼女で講義の課題をしていたようだ。帰らないのか、と聞くとあいまいに微笑まれた。


 おっとりと首を傾げたエレーナは「おなかがすきましたか?」とおっとりと尋ねる。そのちょっと的の外れた発言が、なんだか可愛らしかった。


「いや……」


 否定はしたが、素直にエレーナを眺めていた、と本人に言ってもただの変態だ。返答に困ってルスランは眉根を寄せた。


「……そういうわけではないが、そろそろ休憩しよう」

「……そうですね」


 きょとんと瞬きしたエレーナだが、ルスランの言葉に同意してうなずいた。


 お茶を飲めるスペースに移動して、休憩とする。同じように、休憩している学生が何人かいた。


「課題は済みそうか?」

「はい。ルスラン様は調べ物はどうですか?」

「私はもう少しかかりそうだな」

「大変ですねぇ」


 おっとりとした口調だが、会話自体が続かないわけではない。おっとりとしているだけで、エレーナは人見知りなわけではない。少し、口下手なだけ。ルスランと一緒だ。


 エレーナのほつれた髪が頬にくっついていて、ルスランはおもむろに手を伸ばしてそれを彼女の方に払う。手を伸ばされてもきょとんとしていただけの彼女は、何度か瞬きして「ありがとうございます」と言った。ルスランはというと、自分で自分の行動に驚いてろくに返事ができなかった。


「ルスラン様?」


 驚いた表情だったからだろうか。エレーナが首をかしげる。ルスランは今さらながら手を引くと、「勝手に触れてすまなかった」と言った。エレーナはやはりきょとんとしていて、「別にかまいませんが」といつも通りおっとりと言った。


「なんというか……私が言うことではないが、お前はもう少し危機感を持った方がいいんじゃないか?」

「危機感……ですか?」


 やっぱり首を傾げられた。彼女の兄弟が彼女を心配する理由が分かった気がした。おっとりしているだけでしっかり者だと思っていたが、必要な危機管理能力が欠落しているのではないだろうか。


 先日の夜会の時も思ったが、彼女は疑うことをしない。もう少し、疑い深くなってもいいと思うのだが。


「実は、家族にも言われるのですが……それなりに緊張感をもって、日々を生きているとは思うのですが」


 それはちょっと趣旨が違う気がする。気のせいだろうか。そう言うことではない、とルスランは思う。


 ここで指摘したい気持ちと、このまま気づかせずに距離を詰めたい気持ちがある。この複雑な心情を、ルスランは自分でも持て余している自覚があった。


「お前、そろそろエレーナが好きだって認めろよ」


 ある時、アヴィリアンにあきれた調子で言われた。ほかの側近仲間にも「ですよね」と同意されているところを見ると、はたから見るとルスランはエレーナが好きなように見えるらしい。


「……そう見えるんですね」

「おっ、素直だな。認めるんだな?」


 エレーナなら派閥的にも問題ないぞ、とアヴィリアンからも許可が出る。いずれルスランが爵位を継ぐイヴレフ公爵である祖父からも、ニキータの妹ならまあよかろう、という評価をもらっている。


「お前、見合い十連敗中だろ。ここでエレーナを捕まえとかないと、結婚できないんじゃないか?」

「……ポリーナにも同じことを言われました」


 さすがに十連敗もしていないと思うが、そろそろ十連敗に差し掛かりそうなのは事実なのでそこは黙っておく。やはり、次期イヴレフ公爵が未婚なのは外聞が悪いだろうか。


「……お見合いに連敗している私に言い寄られても、エレーナが困るだけではないでしょうか」

「それはエレーナに聞いてみないとわからないんじゃないか?」

「僕らも殿下に同意見です。というか、悩まし気にため息をつかれると気が散るので、早めに解決してきてほしいですね」


 付き合うにしても、振られるにしても、と側近仲間に結構ひどいことを言われた。昔馴染みでもあるので、これくらいの暴言は聞き流せる。それよりも、アヴィリアンに言われたことの方がグサッと来た。ルスランは、本当にエレーナを逃がせば結婚できない可能性がある。完全なる政略結婚ならいけるかもしれないが、まだ若いルスランには考えると精神的につらいものがある。なんだかルスランもエレーナを口説くしかないような気がしてきたから不思議である。


「アニシェヴァ侯爵がおとなしくなって、俺の婚約者がポリーナに内定している今、一番の心配事はお前の婚約者だ」

「私以外にも婚約者のいないものはいますが」

「イヴレフ公爵の跡取り且つ、ポリーナの従兄だろうが、お前は」


 その通りなのだが、そう言ったことが本当に面倒くさい。だから付け込まれるすきをできるだけなくせ、と言うことなのだろうが。


「……仮にエレーナを口説けたとして、彼女に敵意が集まるのは容認できません」


 よって、彼女はかかわったとしても少し離れていた方がいいと思うのだ。学友の側近仲間たちは「こいつめんどくさい」みたいな顔をしているが、アヴィリアンはニヤニヤした。


「そうか。そうだな。それで完全な政略結婚を目指すのか? そうなったら、エレーナもお前じゃない男と結婚するわけだ。それはいいのか? お前じゃない男があいつの手を取るんだぞ」


 からかうような、だがどこか真剣にアヴィリアンは言った。おそらく、アヴィリアンの妃となるポリーナがエレーナを取り込もうとしている。アヴィリアンとしても、ルスランにエレーナとの関りを保ってほしいのだと思う。そうした下心と、からかいが半々と言ったところだろうか。ルスランはため息をついた。


「それ! そのため息が重いっ!」


 ルスランがはっとして主張した同僚を見る。アヴィリアンも含め、全員がうなずいていた。……解せぬ。










ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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