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【01】

新連載です。よろしくお願いします。











 中庭のベンチに腰かけたレーシャは大きくため息をついた。ため息というより、長く息を吐きだした、と言った方がいいかもしれない。それくらい感情が乗っていなかった。風を受けてベンチの側の木の葉が揺れた。


 侮られていることは、わかっていた。友人と言いながら、言葉の端々にとげがあったし、遠回しに嫌味を言われていることもわかっていた。それでも何もしてこなかったのは、レーシャの過ちなわけで。


「はあ……」


 今度こそため息が漏れる。同時に近くの木のあたりからため息が聞こえた気がして、レーシャは目を上げた。いや、気のせいかもしれないが。弱いが風があるので、その音かもしれない。


 だが、顔を向けた方で目が合った。大きめの木の幹に手をつき、うなだれているところを目撃してしまった。同級生だった。


「……こんにちは?」

「ああ……」


 なんとなく微妙な空気になりつつ、とりあえず挨拶はしてみた。


 かっこいい、と友人たちが話しているのを聞いたことがある。例によってレーシャは口を挟まなかったが、確かに端正な顔立ちの少年だ。濃い目の栗毛に、意志の強そうなグリーンの瞳。ルスラン・イヴレフ。イヴレフ公爵の孫で、息子のいない公爵の後継とみなされている。成績も優秀で、学園内で彼を知らない人はいないだろう。


「……どうかしたのか」


 どちらも目をそらさなかったので、見つめあうのに限界が来たか、ルスランが尋ねた。レーシャはゆっくりと瞬きし。


「……いえ」


 小さく首を左右に振った。


「お邪魔してしまって、申し訳ありません」


 そういうと、ルスランは驚いた表情になった。


「どちらかと言うと、邪魔をしたのは私の方だと思うが」

「ま、まさか」


 ふるふると首を左右に振る。その様子が面白かったのか、ルスランの表情が少し緩む。


「確かエレーナ、だったか」


 そのままルスランは黙り込む。多弁な方ではないと知っていたが、ここで黙られると、レーシャもどうすればいいかわからない。


 レーシャは、エレーナ・ファトクーリナという。ファトクーリン伯爵の次女、七人兄弟のちょうど真ん中、第四子になる。金の髪に青灰色に見えるグレーの瞳の、どちらかと言うと整った顔立ちの少女だ。派手な部類ではないし、性格も物静かな方で目立たない。そもそも、ルスランに名前を認識されていることにびっくりだ。


 気まずくてお互いに視線をそらしつつも、立ち去るのも何かが違う気がしてその姿勢のまま二人とも固まっていた。予鈴が鳴る。


「おい、ぼーっとしてないで戻るぞ」


 決してぼんやりしていたわけではないのだが、慌てた様子を見せないレーシャに焦ったのか、ルスランはレーシャの手を掴んで立たせた。驚いたレーシャはされるがまま引っ張られる。走られたが、レーシャに合わせてゆっくりめなのが分かった。


 同じクラスなので、同じく数学だった。一緒に教室に入ってきたルスランとレーシャに、クラスメイト達は好奇の目を向けたが、すぐに授業が始まったので雰囲気は流れた。


「エレーナ。さっき、ルスラン様と教室に入ってきましたわね」


 普段話したこともない豪奢な赤い巻き毛の女子学生に言われ、レーシャは何とかうなずく。


「そう、ですね」

「同情でも引いたのかしら。令嬢らしからぬ振る舞いは控えていただきたいのだけれど」

「……」


 つまり、身の程をわきまえて引っ込んでいろ、ということだが、たまたま一緒に教室に入るだけでこれだ。レーシャは言いたいことは頭の中でいろいろと考えるのだが、それが言葉になって出てこない。うつむいたレーシャに、その女子学生はせせら笑った。


「その程度なら目立つ行動をしないことね。怪我をするわよ」


 やはり、何も言い返せず、その女子学生は勝ち誇ったように鼻で笑い、教室を出て行った。友人たちがレーシャを囲む。


「なあに、あれ。自分がルスラン様に相手にされないからって」

「絶対に嫉妬だわ。嫌な人!」

「でも、エカテリーナ様の言うことも一理あるわ。私たちごときが近づかない方がいいわよ」


 つまり、エレーナごときが、ということだ。彼女らもレーシャをかばっているようで、先ほどの赤毛の女子学生……エカテリーナと、言っていることは大差ない。ここまで言われても一言も返せないレーシャを、みんなが馬鹿にしていることはわかっている。


 帰宅用のカバンを持って、レーシャは昼休みにもいた中庭にいた。同じベンチに腰かけて、カバンを膝に抱える。あまり人の来ない穴場だったのだが、ルスランに見つかってしまったので場所を変えるべきだろうか。


「エレーナ」


 ほらやっぱり。ルスランが現れたのを見て、レーシャは立ち上がった。ぺこりとお辞儀をして立ち去ろうとするが、ルスランに手を掴まれた。


「待ってくれ」


 びくりと肩を震わせたレーシャに、ルスランは慌てたように口を開く。


「あー、すまない。ただ少し、話をしてみたいなと思っただけなんだ」

「……」


 この状況でも、言葉の出てこないレーシャだ。自分が情けなくなった。ルスランは緑の瞳でまっすぐにレーシャを見てきて、言葉を待っている。


「な、んで、ですか」


 やっと紡いだ言葉はとぎれとぎれだった。それでも、反応があったことにルスランはほっとしたようだ。


「勝手な思い込みで申し訳ないんだが」


 生真面目に口火を切られ、レーシャは思わず瞬く。ルスランは少し照れ臭そうに言った。


「昼に会ったとき、私と君は、似ているのではないかと思ったんだ」

「……そんな」


 ことはないと思うが。でもとにかく、今は手を放してほしい。解放したら逃げるとでも思っているのだろうか。逃げるが。


「あ、いたいた。レーシャ」


 レーシャの背後から、まだ声変わりしていない少年の声が聞こえ、レーシャもルスランもそちらを見た。駆け寄ってきた少年は目を見開く。


「……え、何この状況。すみませんが、姉を離してください!」


 レーシャより背の低い弟はルスランの手を振り払って姉を背後にかばう。ルスランは「弟か?」と尋ねる。レーシャが口を開くより、弟の方が早かった。


「そうです! 弟のエリセイです!」

「なるほど……ルスラン・イヴレフだ。誓って、お前の姉上には何もしていない。話をしたいと思っただけだ」


 ルスランも寡黙な方だと思うが、彼はレーシャのように話したいことが口から出ないわけではないらしい。だが、エリセイは「話ぃ?」と訝し気だ。もう少し丁寧な口調で話してほしい。相手は公爵家の跡取りだ。


「レーシャ、本当?」


 声が出なかったので、うなずく。そんなようなことを言っていたと思う。逃げようとしたのはレーシャの都合だ。


「本当に、本当? レーシャ、ぼんやりしてるから」

「え……」


 うすうす気づいてはいたが、弟にもそう思われていたのか。少なくとも、やっとこの学園の第一学年として入学したばかりの弟に、レーシャは庇護対象として認識されているらしい。


「……しっかり者の弟だな」


 ルスランが苦笑して言った。レーシャが「すみません」と謝る前に、エリセイが口を開く。


「レーシャと話すなら、もっと人目のある所にしてください。男女が二人っきりで人気のない場所にいるなんて言語道断です! あと、レーシャはしゃべるのが遅いので待ってあげてください」

「……エリ」


 それは言わなくてもよかった。ルスランは真面目だからか、「そうなのか」などとうなずいている。レーシャはため息をつきたくなったが、弟の方は満足したようだ。


「人目のある所で! お願いします」

「承知した」


 承知されてしまった。ルスランは真面目だし、エリセイは満足げだ。口をはさめなかったレーシャだけが置いて行かれている。


「レーシャ。先に帰ろう。ミラはまだかかるって」

「え、ええ……」


 ミラは妹だ。レーシャのすぐ下の妹で、はきはきしたしっかり者の少女だ。しっかり者ゆえにクラスの頼まれごとなどを率先して手伝ったりしている。らしい。


「エレーナ」

「は、はい」


 呼ばれ慣れなくて一瞬詰まったが、レーシャはルスランを振り返る。彼は真面目な顔を崩さないまま言った。


「明日の放課後、図書室でどうだろう」


 レーシャはとっさに声が出なかったが、エリセイは「そこならいいですね!」と同意の声を上げた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


相変わらずタイトルセンスがないので、フィガロの結婚から借用しました。あまり的を射ていないタイトルのような気もしますが…。

いえ、王道恋愛小説にしたかったのですが、なっていない気もします。


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