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少なくともアルマさんたちは毎年応募していると言っていた。
ということは毎年必ず辞めているってことだ。
既婚者ならでは事情があるからなのかもしれないけども意味深な含みが何か引っかかる。
「あの、今だけの間ってどういう意味ですか?」
「ああそれはね……」
アルマさんが言いかけた時、廊下で物音がした。
残念ながら話はそこで終わる。扉が開き、ニコルさんとデリアさんが戻ってきたからだ。
何事もなかったかのようにアルマさんは背を向け、掃除を続けていた振りをした。
私も黙ってそれに従う。どうやら訊かれたらいけないような素振りに見えた。
一応、話しながらでも手を動かしてはいたから掃除の方は問題なかった。
お屋敷と同じように殺風景にした部屋を徹底的に磨き、家具に布をかぶせる。
主のいない部屋は使用することはないと役目を果たした扱いとなる。
実際に伯爵令嬢たちは立ち去ったし、私たちには2階に個室がある。
空っぽになった3階はまるで近寄る必要がないとばかりに閉鎖となり、部屋に鍵がかけられた。
シンとした空間が増え、物寂しく今週が過ぎていった。
結局、あの日以来、なかなかアルマさんと二人きりになる機会がなく、続きが訊けずじまいとなり、悶々とした日々を過ごす。
今週に入り、別荘班である私たちは屋敷内と庭の二か所に割り振られ、私だけ屋敷内担当となった。
屋敷内は別館の3階と同じように各部屋には鍵がかけられ入れないようになっており、一人で階段や廊下などを掃除する。
といっても大して汚れてない。先週は二人がかりで掃除しているから綺麗なもの。
別荘には掃除で入る以外、行きかう人がいない分、汚れようもないともいえる。
午前中で一人だけでも終わってしまった。早い話、しばらくは掃除する必要がない気がする。
あの忙しかった数週間が嘘みたいに思える。落差が激しくて戸惑ってしまう。
することがほとんどない。これって用済みだと言わんばかりの処遇なのだろうか。
もしかするとアルマさんが伝えようとしたことはこういう扱いになる意味を現している?
公爵家1週間滞在で役目を終えたフロンテ領はこれ以上の仕事がなく、侍女としての向上の場などない。
かといって配属替えするような予定もなく、その場しのぎの人材確保。
おまけだと評されるのはそういうことで、筆頭公爵家の侍女といっても場所次第の役割という周りの評価が異なり、プライドが傷つけられるのも頷ける。
だから応募時にやる気なんて一切必要なく、とりあえずは全員採用される。
そして現状を知った令嬢たちは見切りをつけて辞めていく。
でもアルマさんたちのように別の見方をする令嬢もいる。
仕事量の割には待遇も給金も素晴らしく、一定期間だけならばすごく充実したものといえる。
侍女としての向上やプライドさえ捨ておいたなら、本当に既婚者にとってのお小遣い稼ぎになるかもしれない。
……ということはアルマさんたちもある程度やりがいを持ってるからこの時期だけ働いてるってこと?
多少のやりがいのためにわざわざ毎年この忙しい時期だけを選んで?
だったら辞める必要ない気がする。お小遣い稼ぎってことは金銭目的だ。
忙しい時期を過ぎたら何もすることがなくなる。今の私がそう、何もしない状態で給金が出るのが申し訳ない。
それにこのままズルズル居座った方がもっと楽にお小遣いは稼げるはず。
だって子宝に恵まれた時に辞めればいい話。毎年辞める必要はない。
何かが引っ掛かるものの、アルマさんたちの事情があるのかもしれないし、これといって何も思いつかない。
少なくとも何も知らずに憧れて侍女志願した令嬢にとってはこの扱いだと幻滅していくだろう。
私はやる気は削がれてしまったけど、辞めるつもりは毛頭ない。
決して楽するつもりはなく、申し訳ない働きぶりだけど稼ぐ必要があるから。
解雇宣告がなされない限りはしがみつく覚悟でがんばると決めた。