20
まだ日が昇ったばかりの早朝となる。名のごとく太陽が出た時間にお忍びで来ようとする太陽姫。
夏の時期ということもあり、とても明るいが活動する時間にはまだ早い。
これも王城を抜け出すために指定されたのだと考えると短時間ほどでも大変なのだろう。
侍女たちもまだ数人程度が動き出す中で離れた場所には全くひと気がなかった。
シンと静まり返った屋敷内から見つからないようにアーデンと共に抜け出したが杞憂だったよう。
登校時に使用する裏口から出迎えるとフードを纏った姿の二人が前方から現れた。
「性急で申し訳ないことだわ」
謝罪する太陽姫を宥めつつ、私が誘導、アーデンがエスコートし、ボルト様が周囲を警戒する。
「こちらです」
事前に開けておいた裏出口から続く階段へと導き、奥の部屋へと最短距離で進んでいく。
誰にも見つかることなく、何事もなく無事に部屋の中へと入ることができた。
「本当に申し訳なかったわ。お義姉さまに直接お渡しした方がと判断してこのような形を取らせていただいたの、ごめんなさい」
部屋に入るなり、マーデリンが再び深く謝罪をする。やはり何か事情があったに違いない。
とはいえ立ったままという訳にもいかない。一旦は落ち着く必要があった。
「いいえ、取り敢えずはお掛けくださいね、お茶をお持ちします。アーデン様、よろしくお願いします」
私はアーデンにエスコートを促すとボルト様と共に部屋を出た。
二人を残し、少しドアを開けたまま、ボルト様がそのそばへと立ち、私は調理場へと向かう。
カップ類は既に部屋に用意していたがお湯だけはどうしても冷めてしまうため、別に用意する必要があった。
一式のティーセットを運ぶよりただお湯の入ったポットを運ぶだけなら来客など気づかれにくいだろう。
案の定、調理場でポットを運ぼうとする私を見ても声掛けすらされなかったのだから。
それでもトレイに載せたポットを抱えつつ、目立たぬように裏階段を使って警戒はしていたけれども。
「お持ちいたしますよ」
2階のフロアに着いた時、ドアの前に居たボルト様が私に気付き、近づいてきた。
にこやかに微笑むボルト様が抱えたトレイごと受け取ろうとするので甘えることにした。
と、その時、アーデンたちの居る隣の部屋のドアが開き、誰かが勢いよく飛び出してきた!
音に気付いたボルト様が振り向くより前に咄嗟に私は走り出していた。
どうして、というよりやはりという気持ちの方が強かった。
裏で何が起きようともどこかで小説通りの展開はどうしても起こってしまうと確信していたから。
急くように先に入った人影を追い、素早く私も部屋へと潜り込んだ。
そこには暗い顔をしたブランディンが懐に手を突っ込み、今にも何かをしようとしている。
そしてソファーに腰かけていたマーデリンを庇うようにアーデンは立ち上がり背に隠していた。
これはまさに小説でのワンシーン。目の前で繰り広げられる呪術の光景。
切迫した危機、だけどこのままアーデンが受けたとしても……。
ブランディンが手を振りかざす瞬間、私は自然と体が動き、間に入り込む。
向かい合ったその時、アーデンの驚いたような瞳が目に映る。もうこうするしかなった。
このままだと呪いは解除できないまま物語が破綻してしまう。
私のせいで歪んだ展開に変わってしまったから真実の愛にたどり着くことができない!
イレギュラーの私の存在が無くなればきっと二人は気づくはずなのだ。
ただアーデンに幸せになってほしい。幸せにすると誓ったのだから!
「愛する方を間違えてはダメ!」
背後にブワリと粉のようなものが舞い散り、全身にビリビリとした痺れが広がった。
「セシリア!」
叫ぶようなアーデンの声とマーデリンの悲鳴が響き渡る。
力の感覚が抜け、前方へと倒れ込み、受け止められた気がした。
「アーデンの幸せを願ってる……」
バタバタと騒がしい音が響き、遠ざかる意識の中、そう呟いた。




