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彼女のさり気ない気づかいに胸を打たれた。
本来、この訪問はマーデリンがする必要の無いものだったといえる。
発表から有に1カ月は経っているのにも拘らずの急な来訪。
アーデン経由からの伝達で強引に事を進めていることを鑑みてブランディンから断られていたに違いない。
それでもこうやって私に会いにきてくれたということは何らかの事情を察したのだろう。
リストを用意してくれたおかげで行き詰っていた準備が進んでいく。
元々公爵家の長い歴史の中で格式や形式が極端過ぎて判りにくかったのだ。
特にベルネッタとヴァネッセの代では真逆といえるものだった。
誰にも聞くことができず、一つ一つを確認していく作業は大変だった。
それでも忙しい中、参考資料を用意してくれたカーティスには感謝している。
もちろん両親にも手伝ってもらったが所詮は元子爵。
知っている範囲は限られて不甲斐なさを申し訳なさそうにさせるばかりだった。
時間もない中、成すすべもないままどうしようもない状態を嘆く暇もなかったのだ。
そこへ救いの手が差し伸べられた。それも自らが押し付けているかのような振る舞いで。
ブランディンを怒らせてしまうと判っていた前提にも拘らず。
しかも帰宅前には『お義姉さま、共にブランディンとアーデンの仲違いを解消いたしましょう』と心強い耳打ちをされた。
本当に正義感に溢れた素晴らしいヒロインだ。
それからのやり取りは密やかに手紙で続いていくことになった。
困ったり行き詰ったりした時に相談するとすぐに返事をくれた。その仲介はアーデンが行なっている。
気まずさをぬぐえないままだが、自らアーデンは黙って引き受けたのだ。
間接的ではあるがマーデリンとの接触機会が増えたことには違いない。
これを機に太陽姫の人柄や素晴らしさに触れて感情に気づくことになるのかもしれない。
私が乱入してしまったばかりに湾曲してしまった矛先を本来の位置へと導かないといけないのだから。
そんな風に着々と準備を進めていく中、いつの間にか雨季は終わりを迎えていた。
「セシリア、わざわざ赴かせてすまない。準備は順調だと聞いているが任せきりの状態だ。今回も君に負担をかけている、本当にすまない」
発表から2カ月。学園は1週間ほどで夏期休暇を迎える時期となる。
私は一人、グリフィス領へと訪れていた。もちろん婚姻準備のためである。
王都で出来ることは熟し、急ピッチで進められた成果がグリフィス領へと届きつつあった。
それを確認するために単身で赴く必要があったからだ。
アーデンも行きたがっていたものの、学園があるため留まらせた。
本当は休暇に入ってからでも間に合うのだが、何となく一人で行く理由が欲しくてそうしたのだ。
厳重に保管される部屋で品々を確認し終えた頃には夕刻を迎えていた。
カーティスの姿はもう領内にはなく、私が残されているだけだった。
宿泊を促されたものの、陽が長くなっていることもあり、まだ馬車を利用するには何とか間に合いそうだった。
ジョセフさんにその趣旨を伝え、帰宅するために簡易馬車の方を用意してもらった。
これは使用人などが利用しているフード付きの馬車で神々しくない仕様のもの。
自宅に戻るだけなので畏まったものを使うよりも気が楽なこともあるし、時間短縮のため選択し、どうにか説得できた。
そうして帰路を出発して間もない頃、前方から勢いよく向かってくる1頭の馬とすれ違う。
通りすがりの一瞬で看過しそうな状況にも拘らず、目を奪われてしまったのはその馬が見知ったものだったから。
あれは間違いなく公爵家の一頭。厩舎で世話をしていたから判ったが一見目立たなくてほとんど使用されていない個体である。
そして馬上に跨っていたその人物。目深にフードを被っていたが背格好から男性だと伺えた。
だが、一瞬見えたその表情は険しく、鋭く光った印象深い瞳の色が物語る。
……あれは、ブランディン、だった。




