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フロンテ領に着いてからもうすぐ夕刻を迎える。
私たちが最後の到着となり、ようやく公爵家は全員勢ぞろいとなったらしい。
門扉の前で馬車が止まると駆け寄ってくる姿が目に入る。
「セシリア!」
アーデンは姿を見つけるや否や私に抱き着いてきた。貴公子然としていても寂しい思いをさせたのかも。
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
今まで一人にしてしまった。私がいなくなっていると気づいた後、きっと心細かったに違いない。
強く抱きしめられる力がそれを物語っていた。
「アーデン、セシリア、皆を待たせている、中へ」
カーティスが背後から声をかけた後、追い抜くように歩き出す。
ようやくアーデンは腕から解放し、手を差し伸べて私をエスコートしようとしている。
「アーデン、ここはタウンハウスではありませんので」
そう伝えたものの、片手を握ったまま離さず、そのまま玄関口まで歩くこととなった。
玄関には貴族侍女の一人がいて扉を開ける。おそらく今年の別荘担当の一人だろう。
前を歩いていたカーティスに向けて熱い視線を送りながらも丁寧にお辞儀する。
中に入れば頭を下げた使用人たちの姿が目に入った。
離れた位置からでもすぐ分かる。ハーパーさんたちと貴族侍女数名がお出迎えをしていると。
「ようこそお越しくださいました、カーティス様。あちらでお茶をご用意しております」
恭しく話しかけるハーパーさん。上品そうなあんな別人の顔、初めて見た。
そしてカーティスだけを取り囲むようにして見知った連中は丁寧に案内し始め歩き出す。
「……アーデン様もどうぞ」
気が進まないといった感じで渋々貴族侍女の一人が声をかけてきた。
私の存在はまるっきりないような素振りでアーデンの前を歩こうとする。
「では私もお手伝いさせていただきます」
勝手知ったるフロンテ領。名目では専属侍女として同行を許されているわけでそう行動するはずだった。
まだ到着したばかりでお仕着せではないが先に運んだであろう荷物はあるはず。
素早く着替えて意に沿わなさそうな貴族侍女と交代すればいい。
けど聞こえていないかのように無視され、さっさと歩みを進める。
なるほどそういう感じか。この場所ではそういう態度に慣れてるから平気だけど全く変わってない様子。
ブランディン忖度の筆頭といえる領内だから覚悟はしてたけど。
荷物の在りかが分からない以上はどうしようもない。黙って付いていくことにした。
……が、案内された応接室へ先に二人が入りきった時、目の前でパタンと扉を閉じられる。
ようは締め出された形になったのだ。でも今は勝手に屋敷内をうろつくわけにもいかない。
扉近くで待機していると中から先程の貴族侍女が出てきた。
「すいません。荷物の件でお尋ねしたいのですが……」
一瞬ぎょっとしつつもフイッと踵を返して去っていく。
徹底して私のことは相手にしないように伝えられている様子か。
しばらくするとハーパーさんが出て来て一瞬私を認識したもののそのまま無視して歩き出す。
「ハーパーさん、お久しぶりです。ご無沙汰しております。早速ですが私の荷物はどこでしょうか?」
回り込んで遮り、用件だけ伝える。過去も必要がある時はそうしてたから。
だからその時の様子を思い出したかのようにムッとしながら口を開いた。
「下民のものなんか知らないね。ここはお前みたいなモノがうろつく場所じゃない、目障りだ!」
「そうですか。ではここから離れて違う場所を探します。許可が下りましたので」
何か言いたげなハーパーさんに頭を下げるとさっさと移動した。
この分だとゴミ置き場にでも放り出されている可能性がある。
心当たりのある場所へと向かい、荷物を探すとその場でお仕着せに着替えた。
当然部屋も用意されてなさそうだと思い、とりあえず荷物は屋根裏部屋に向かう階段近くに隠しておいた。
今はおそらく時間的に夕食の準備に追われているだろう。
まずは食堂室の方へ紛れ込んでお手伝いするとしよう。




