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新年を迎え、いよいよアーデンの入学するはずの年となっていた。
あの日、衝撃な情報の数々を与えてしまった後、倒れたカーティス。
すぐに執事長を呼べば、あっという間に寝室へと運ばれ手厚い介護を受けたのち、回復したらしい。
というのも私は顔を合わせていない。それから自分の仕事へと戻ったのもある。
それに加え、カーティスも領主の仕事に復帰して忙しく飛び回っている様子。
だけどそれが私にとってはちょうどいい期間となっている。
そもそもが荒唐無稽のような話が降りかかってきているためだけに。
本来、小説ではアーデンが無事に学園に通うことになり、太陽姫との交流が深まる中、物語が佳境へと入っていく。
ブランディンが思い通りにならないマーデリンを傀儡にするために呪術を掛けようとする。
その異変を察したアーデンが妨害したことで傀儡への呪いが成長を止めた眠りと変化し、庇ったために代わりに受けてしまうことになる。
1年後、その呪い解除が判明し、マーデリンの口づけの効果もあり目覚めるという愛の結末を迎える。
そういう流れでアーデンはマーデリンと幸せになっていくのだ。
なのに何故だか裏の流れとしてカーティスが突然私に求婚してきた。
もちろん小説ではカーティスが結婚したという展開はない。
子を成すことができないことを理由に生涯独身で過ごした、とあったからだ。
つまりは結婚なんてすることはなく、ましてや平民と化したこの私に求婚をすること自体おかしな話。
主要な人物は名前があったから憶えているものの、それ以外は役柄で表現されているのみ。
あくまで私はモブでの存在で小説の中に名前すら出てこない。
ついアーデンに関わってしまっただけのただの侍女なのだ。矢面に立っていいはずの存在では無い。
それともこれも何か表では分からない伏線の一種なのだろうか?
とにかくいろいろ考えても仕方がない。入学決定間近の流れへと動いているから。
ただ入学証を受け取るまでは油断できない。これまでも表だけでは分からないことがあった。
怖いのは表面に現れない嫌がらせがどこでどう仕掛けられるかということへの不安。
カーティスの指示以来、醜聞は変わらないものの、目に見えていたものは排除された。
タウンハウスの時と同様な扱いに近いがひっそりと貴族教育は進んでいた。
そのおかげで最終段階まで何事もなくこれた。だからこそ不安になる。
いかなる時でもブランディンの妨害を防がなければならないことが重要で一番の優先順位だから。
今のところは表立ったものは見られない。もしかするとカーティスが防いでるのかもしれない。
このまま無事にクリアできることを願うのみの一択。
「セシリア、お相手を」
すっと手を差し伸べるアーデンの姿。すっかり紳士のたしなみを身に付け、貴公子然としてきた。
短期間だったというのに信じられないくらいの成長を見せた。
やせ細った真っ黒な姿の紫の瞳を持つ小さな男の子だった幼子が私と同じ目線に立っている。
艶やかな黒髪、薄茶色の肌へと変化し、丸いアーモンドの形をした瞳が少し凛々しくなった。
高めだったはずの声もいつの間にか低くなっていたし、握った手の大きさも同じくらいだ。
もう何度もダンス練習に付き合ったのにふと節目になると改めて気づく。
こんな風にそばにいて今度は少年から青年になっていく過程に気付くのはいつだろうか?
「アーデンはもうきっとどの令嬢でも上手にエスコートできますよ」
何せ元貴族令嬢として怪しかった私がダンスを身に付けられたぐらいに成長したのもあるから。
「セシリアがそう思ってくれるなら心強いな」
アメジストの瞳が優しく揺らめている。出会ったころから変わらない公爵家の一員である証。
同じ瞳を持つエリオット、カーティス、ブランディン。
限られた地位の存在であるはずなのにどうしてこんなに複雑なんだろう。
何故だかとても切なく感じた。




