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何事もなく充実した休暇を終え、領地に戻ってきた数か月後。
秘密裏にアーデンはぐんぐんと貴族男性のたしなみを熟せるように成長していた。
確実に教育の成果が表れているらしく、休暇以来普段から私に対しての接し方も変わっていた。
身近に貴族令嬢と思しき方がいないので仕方がないのかもしれないが振る舞いが何かにつけて丁寧。
いわゆるエスコートなのだろうけど平民になり果てた私にと思うと烏滸がましく申し訳ない気持ちだ。
仕草や姿勢など貴公子然としてきて凛々しくなっていく顔つきは少年から変わりつつある。
相変わらず寡黙だけど以前より話す口調は丁寧で流ちょうになったかもしれない。
剣術馬術に関してはボルト様の貴重な訪問によって着々と身につけ、基準以上だとお墨付きになった。
もちろんこちらから出向くことはできない状態ではあるが油断の無いように定期的な指導は続いている。
今は学習面の方が重要視されていて月に一度はボルト様のタウンハウス宛に課題を提出している状態だ。
添削されて戻ってくるやり取りでアーデンの優秀さは折り紙付き。
この能力を保つことで基準値クリアは予定通りとなるがそれ以上に向上しそうな勢いもある。
早い話、学園入学には問題ない状態になったといえるのだ。これで入学基準の心配がなくなった。
破綻する展開になればアーデンが幸せになれない。あとは入学する日を無事に迎えれば次のステージへと進む。
学園に通い始めればマーデリンとの接点が公に増え、元々気に留めていた二人が徐々に接近していくのだから。
アーデンの幸せのためにも油断は禁物だけどもよっぽどのことがない限りは大丈夫だと思う。
そして秋が訪れ、私の25歳の誕生日を迎えてから数日後。
今回で最後の役目となる下検分にボルト様がやってきた。
この日は珍しく領地にカーティスが滞在中ということで視察前に挨拶することになった。
いつもならそのまま見送る形になるのだが急遽本館へ知らせなければならない。
慌ててジョセフさんに伝えると二人を執務室へ案内するように頼まれた。
本館に来るのは年明け以来で久しぶりとなる。多少の緊張感を覚えつつ、目的地のドアをノックした。
中からはジョセフさんが出て来て二人を案内した後はお茶を用意するよう指示される。
不意に顔色も悪く前よりもやつれて見える領主が目に映り、ぎょっとした。
お疲れカーティスと対峙するようにボルト様とアーデンが座り、その御前に素早くお茶を置く。
お茶を飲む仕草が洗練されていてもう違和感なく馴染んでいるアーデン。
何故かその様子を温かい眼差しで見つめるカーティスの視線がやけに印象的に映った。
大した話もなく、本当に挨拶程度で言葉を交わした後はカーティスとジョセフさんと私で二人を見送ることになった。
「行ってまいります」
フードを被ったアーデンとボルト様はそれぞれ用意された馬に乗り、勇ましく出発した。
本当に頼もしくなっているアーデンに改めて感慨深くなる。
ボルト様と並列させて馬に乗っている背に成長を感じた。
見送りが終わるとジョセフさんから執務室の後片付けをするように指示され、私は部屋へと戻った。
テーブルに並べらえたティーセットを片付けているとカーティスが戻ってきた。
まだ仕事があるためだろうけど、少しふらついている気がする。
大丈夫だろうかと思った矢先、よろめいてしまったので慌てて支えると先程座っていたソファーに誘導した。
「すまない」
以前にも増してさらに苦労を重ねているようにも見えるその姿に不安を覚えた。
領地を飛び回るほど丈夫になったかもしれないがやはり身体が心配だ。
「執事長をお呼びしますね」
項垂れているカーティスには医者の手配が必要かと思い、部屋を出ていこうとすると、
「……いや、いい。君はそこに座ってくれ。少し話がある」
じっと見つめるアメジストの瞳が私を捉えた。




