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暑い盛りとなり、どうやら太陽姫が領地滞在中らしい。曖昧なのは私がこの目で見ていないからだ。
少年たちの浮足立ちな態度と称賛する断片的な言葉からの判断である。
アーデンも昨日からこの小屋へと訪ねてきていない点も含めて。
以前から小屋、厩舎、食堂の行き来しかしていなかったがここ最近は小屋と厩舎内から移動できないでいた。
食事はジェフさんがバスケットを持ってくるのみで食堂すら近づけない状態だった。
はっきり言おう、軽く馬小屋に軟禁状態となっている。
だからといって困っているわけではない。食事はあるし、ある程度掃除で忙しいのも確かだ。
別に時間が空けば小屋に戻って休憩ができるし、この場所さえ離れなければ自由なもの。
おかげで刺繍ははかどるし、横になる時間も増えて体力も温存できている。
……ようは暇なのだ。挨拶はすれど話し相手はいないから。
極力外に姿を現してはいけないのだろうなと動き回れない分、時間が余り経たない。
慣れてしまった厩舎内の仕事もあっという間に終わってしまう。効率よくできるようになってしまったのが原因だ。
せめて馬たちのブラッシングやら馬場内での散歩などできればいいが、それは少年たちの役目。
私はあくまで少年たちの補助という位置からは脱していない。
かといって次々と仕事を押し付けられるという訳でもない。
用がなければ不要という空気みたいな存在なのかもしれないと感じる。
本当にこれで給金を貰えるのが申し訳ないと王都にいた頃をふと思い出す。
あの頃はアーデンといたからこじ付けでも話し相手という名目で働いているという建前がまだあった。
けど今は何のためにいるのか分かりかねている部分もある。
それでもクビだと言われない限りは自分で辞めようとは思わない。
こんな近い位置でこの世界を見守れる環境を手放したくないからだ。
あれだけエリオットに悪い印象を植え付けられたのにも拘らず、この程度で収まっているのも謎だけど。
ただあのキラキラしたマーデリンを拝めないのは本当に悔やまれるし、自分の立場が恨めしい。
かつては私という立場の存在に対しても気さくに声掛けした王女マーデリン。
もともと小説の形容での認識しかなく、この世界でも称賛された噂話での幻かと思っていたけど、実際に存在を感じればその通りの人物だった。
婚約者という名目で公爵家に関わっただけなのに、きっと初対面の送迎からアーデンの存在を気に掛けたに違いない心優しい太陽姫。
今はこの目で細やかな二人の対面すら鑑賞できないのは残念だが、会えてたらいいなと妄想して楽しむしかない。
くそう、ブランディンめ。アーデンとくっついた折には頼み込んで握手させてもらうぞ!
そんな風に過ごしながら三日経った頃である。
「おい、さっきジェフさんからボルト様に馬をお貸しするよう言われたぞ」
厩舎内が少し慌ただしくなり、少年たちがボソボソと話を始めた。
「だったらオレのがいいだろう」
「いいや、オレだ」
少年たちは自分が世話をしている馬を巡って揉めている。
ボルト様というのは誰だか全く不明だがその人が公爵家の馬を借りるらしいことが判った。
「失礼する、御下命だから急いでいる!」
少年たちが揉めている間に急いだ様子の男性の声が厩舎内を響かせた。
「ボ、ボルト様、お待ちください。今用意させてますので!」
制服姿の男性と共にジェフさんが慌てた様子で厩舎内に入ってくる。
近づいてくるその姿に私は驚いた。
王女陛下の護衛騎士。アーデンの指導をしてくれた騎士様だ!
「……侍女、殿?」
目があった途端、驚いた様子の騎士様。こっちもこんなところで会うなんてビックリだ。
「ボルト様、是非、こちらの馬を!」
「いえ、こちらをどうぞ!」
少年たちは我先にと自分の馬を宛がおうと動き出す。
騎士様もはっとした様子で素早く馬を選ぶと厩舎内を出ていった。




