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久しぶりに対面したアーデンは少しやつれているようだった。
「ずっと捜してたんだ。屋敷にはどこにもいないし、本当にここに来てるのか不安だった」
私は小屋に招き入れると水を差し出した。一息つくとテーブルに置かれたものを見て微笑む。
「刺繍してたんだ。明かりが気になって覗いてみて良かった」
小さく笑うアーデンの姿を見て一気に今までのことが蘇る。
「……もし会うことがあれば謝罪しなければいけないと思ってました。出会った頃からずっと余計な口出しをしてしまい、こんな風にアーデンを誤解をさせることになってしまって申し訳ありませんでした」
「セシリアは悪くない。ずっと僕を助けてくれてた。それも解かってる。だから気にする必要はないし、謝る必要もないよ」
アメジストの瞳が煌めく。本当になんて綺麗なんだろう。惑わされていないという意思がしっかりと見える。
「それよりもセシリアがここにいると気づけなかった方が悪い。僕の専属として雇ってたのに」
元々出生のせいでアーデンのことを良くも思われていないのを根底に私の存在でさらに輪をかけて悪い印象を焼き付ける原因になった気がする。
小説では人として扱われなかったために蔑まされた存在だけで済んだだろうに、今ではさらに輪をかけて粗野で逆らう生意気な存在としても見られているようだ。
それなのに当の本人は私のことを気にかけて自分のことなんて考えていない。
こんな優しいアーデンを守りたい。私にできることはそれだけなんだと改めて思った。
「……クビにならなかっただけでもマシですよ。こんなに立派な個室も与えられてますし」
茶目っ気たっぷりで微笑むとアーデンも笑った。フロンテ領での生活を鑑みれば分かるだろうし。
すっかり和んだところで私は離れていた間のことを訊くことにした。
アーデンからの話では貴族教育の連絡はなく、来訪者などほぼいないため、以前と同じように素振りをして過ごしていたらしい。
食事も日によって部屋の外にあったりなかったりとまちまちで離れに閉じこもりっきりの状態だったようだ。
そこでタウンハウスと同じような扱いと判断して私を捜しに時折部屋を抜け出していたらしい。
何故、エリオットが居たグリフィス領のはずなのにアーデンの扱いが変わらないんだ?
いや、世話役の問題だろうか、食事に関しては寧ろ酷くなっているし。
でも侍女応募の際仕切っていた執事長のジョセフさんや侍女長のリンデさんらはハーパーさんのような人たちに見えなかったのに。
もしかしてエリオットを差し置いて予想以上にブランディンの支配下があるってことなのだろうか。
考えたらこんな末端の下働きにでさえ慕われているようだからそうなのかもしれない状況だ。
思ったよりもアーデンの敵は多いのかもしれないと感じた。
「良かった。これでまたセシリアに会える」
「ダメですよ。見つかったらアーデンの立場がもっと悪くなりますから」
「大丈夫。これでも抜け出すの得意だって知ってるよ、ね」
アーモンドの瞳が弧を描く。長い付き合いの私たちにしか解らないフロンテ領で過ごした時間。
その絆は唆されたものでないことを証明している。
結局、その日を境にアーデンは宣言通りほぼ毎晩訪ねてくるようになった。
アーデンの住む離れはほとんどひと気がなく、仕事の切り上げも早いらしい。
私の方も朝は早いけど陽が落ちれば火急の用がない限りはお払い箱となっている。
だからといって星が見え始める時間というわけでもなく、もう少し遅くに会っていた。
そして互いにその日過ごしたことを話しながら、タウンハウスの時のように何かをして数時間後に別れる。
依然アーデンの環境は変わらなかったし、私も黙々と仕事を続けている。
裏では平穏といえる時間を過ごしていく中でもアーデンの評判は地に落ちていくばかりだった。
貴族教育の教師たちがついに堪忍の緒が切れたと解雇を申し入れて受理されたらしい。
そうして季節は夏へと移り変わっていった。




