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ブランディンの母でもある彼女はプライドが高く、地位や立場に執着し、誇示していた。自分の立場を脅かす存在が現れると邪魔者として排除しようとするような女性だった。
その母親から育てられたブランディンも唯我独尊的な考えになっても当たり前なのだ。
小説の舞台としての土台は知っていたけど、肌で感じ、目の当たりにするとその雰囲気は作りものではないと実感させられる。
今、私が生きている現実はここにある。だからこそしっかりと背景を振り返るべきと思った。
前世で何年もかけ、死の間際まで何度も読み戻りした作品。『呪公子と太陽姫~真実の愛への道~』のことを。
それから実際に目の前にして存在する私はどうすればいいのかを判断しなければいけない。
既に読者という傍観者ではなく、巻き込まれているのは間違いないのだから。
そもそもの発端はエリオットの母、ベルネッタから始まる。彼女は他国の王女だったために気位が高く、いつまで経っても跡継ぎの産めないヴァネッサを冷遇していた。
ようやく第一子のカーティスを出産するも病弱な男児で第二子も死産したため、グリフィス公爵家の先行きが不安だらけだった。
それ故にベルネッタは跡継ぎ問題解決のため、愛妾話をエリオットに持ち掛けるまでにもなっていた。
女性二人の確執は深まり、立場的に逆らうことのできないヴァネッサは憎悪を増幅し続け精神的に追い詰められていく。
そしてあの禁忌を耳にしてしまう。
恨みを持つものからの信頼が厚く口利きのみで紹介される人物として怪しげな呪術を使う老婆の存在を。
ついには嘆願者の鮮血を使い、成就するために犠牲を必要とする禁術に手を出してしまうのだ。
最初にこの犠牲になったのがベルネッタ。ヴァネッサの願いは完璧な跡継ぎだった。
ベルネッタの死でもって懐妊できたのが第三子であるブランディン。
健康にも問題なく完璧で跡継ぎに相応しい存在が産まれ落ち、ヴァネッサの憂いは晴れたかのように思えた頃、自らが招いてしまった宴の演出。
ブランディン生誕1年を祝い、異国から呼び寄せた見世物として旅芸人たちの中の一人との遭遇がさらなる流れを生む。
評判の妖艶な舞を見せ、誰もを魅了した踊り子、ルイーザ。魅力ゆえに彼女はその夜何者かに襲われてしまう。
手掛かりは残された金色の毛髪のみで結局その時の相手は誰だか判らずあやふやなまま片付けられてしまった。
ところが踊り子からは公爵家特有の紫の瞳を持つ男児が誕生してしまう。それがアーデンだ。
立派な跡継ぎを残した夫人以外の嫡子として産まれてしまった後継となりうる男児。
アーデンの存在はヴァネッサにとって邪魔以外の何物でもないものとなっていく。
そこに再び火種としてエリオットが関わってしまい、プライドの傷つけられたヴァネッサは憎悪を募らせる。
その矛先として禁忌を犯すこととなり、二人目の犠牲が出てしまうのだ。
アーデンを亡きものとしてグリフィス公爵家の繁栄を願うヴァネッサ。
直前異変を感知したルイーザが凶器を向けられた幼きアーデンを守り身代わりとなる。
事故死として秘密裏に処理された惨劇でヴァネッサはさらにブランディンに固執し、共に実家へと療養という名目で引き篭もるも最後には狂気に襲われ自害するという結末を迎える。
そんな母親がブランディンを肌身離さず、大事に育てたのだ。
ブランディンにとってグリフィス公爵家の正統な後継者としての存在、自分の地位や立場を重んじる血が染みついていると思えた。
だからこそこんなにも頑なに上級貴族という立場にこだわり、アーデンの存在が許せないのだ。
「……わかった、ブランディン。私はここに滞在しよう」
エリオットが何かを決意したようにブランディンを見つめた。
「どうやら私たちの間にはいろいろとすれ違いがあるようだ。それを解決するために私はここに滞在する!」




