11
季節はすっかり秋を迎えていた。現在、非常に困っている状況である。
モヤモヤを抱えながらも見守ると我慢していたけど、もう限界が来ていた。
あの日、初めて太陽姫の存在を確認できて以来、お出迎え、お見送りを遠目で月に数回することはあった。
結局、今まで一度もご尊顔を拝めたことはないけれども、可愛らしい声だけは拝聴できてはいる。
ただその他大勢の中に埋もれ、目立たない位置で頭を下げている。そう、ただそれだけなのだ。
出会ってないのかなと不安視していたけど、これでは会っていないのに等しいと理解できる。
つまり、未だかつてアーデンとの接点が全くといっていいほど無い。
これで本当に貴族教育をきちんと受けられるのか、ますます不安になる。
約半年後にはブランディンとマーデリンは学園に入学してしまうのだから。
マーデリンの来訪が減ってしまえばこの現状を知ることなく陰ながらの支えの確率が激減する。
このままの状態が続くとアーデンは入学すらできない可能性の方が高い。
乗馬なんてもってのほか、エスコートやダンスもできずじまいで細やかな剣術もどきで木切れを振るぐらいしかしてない。
それも庭に落ちていた比較的真っ直ぐな木片を拾って持ち手を布で包んだ気休めみたいなもので。
体幹を使うからとマナーで習ったけど姿勢をよくするため本を頭に載せていたことを思い出し、それを伝えると本を載せたまま木片を振ってたり、私が高い位置で棒を構えて打ち付けたりとチャンバラごっこみたいなことをしてるだけ。
イメージしていた貴族男性のたしなみとやらには全く異なっていると思えた。
こんな調子であれからの日々を過ごし、教育とは程遠い時間を過ごしているといえる。
実をいうとあの刺繍は予約待ちになるほど密かに人気になっているらしいし、あの本の模写は何往復しただろうか。
アーデンはとても楽しそうだけど、これでは埒が明かない。貴族教育はどこへやら。
とはいえ、こちらも一概の侍女に過ぎない。高貴な身分の方の前へ姿を現すことすら出来ない。
ブランディンのアーデン排除は鉄壁だし、どうすればマーデリンに近づけるのか、そればかりを考えてしまう。
小説展開を知っているからといって優位かもと思ってたけど、実際はそうでもないことを身を持って知った。
結局は身分差や偏見のあるこの世界では何の変哲もない元貴族の平民があれこれできる立場ではないことを。
ここで生きている限りは立場上、自分でできる精一杯をやることしかできないのだ。
今までもそうだったし、これからもそうするつもりで過ごしてきた。
でもそうこうしている内に季節は流れていき、とうとうしびれを切らせたという訳だ。
つまりいっそのことこっそりアーデンを連れ出して習わせに行けばいいのではないかと。
給金がいいおかげで懐には少々ゆとりができてはいるし、刺繍売り上げのアーデン貯金もある。
乗馬に関しては王都では限られた場所でしかできないので厳しいけど、せめて剣術やダンスの基礎などはどうにかできるかもしれない。
予算的にも毎日は無理でも週に数回は可能だし、今度は職業斡旋所で雇う方として依頼してみればいいのではと考えついた。
あとは連れ出す方法。普段からほぼここへは誰も来ない。私が居る振りをして動いていれば問題ないと思う。
ただマーデリンの来訪の際は出迎え見送りをしなければいけない立場だが、こっちとしてはいつ来るのかがわからない。
多分、婚約者同士お互いの都合が合うような日で設定されているだろうから固定されていないので予想がつかない。
だからといってそのことを躊躇していつまでもこの状態でいるのは嫌だ。
習いに行くことと来訪に重なる確率を考えても習いに行った方がいいに決まってる。
……いっそのことその時だけ病欠を装ってみる?
どうせ目立たない大勢の中の一人だし、具合が悪くて参加できないと伝えても気に留められないのではないか。
そう思うと実践したくなった。
とりあえず近々突如来訪があった際にはアーデンをベッドに眠らせて仮病を装って試してみよう。
何だかモヤモヤが晴れていく気がした。




