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「お父さま、少しお伺いしたいのですが……」
夕刻、仕事を終えた後、門前の少し離れたところで待つお父さまに声をかける。
いつもアーデンの夕食後までが私の仕事の終了時なので少し時間が下がってしまう。
そのため、ひと足早く仕事を終えたお父さまが待つ形となってしまうので申し訳ない。
「なんだい? セシリア」
「貴族男性のたしなみとはどのようなものがあるのでしょうか?」
「随分と唐突だが、そうだな。まあ、基本として乗馬や剣術は身についていないといけないね。それからご淑女に対しての扱い、エスコートやダンスもそうだといえるね。……なんだい、公爵家で指摘があったのかい? 私が不甲斐ないせいで立ち振る舞いがなっていないと……」
「い、いえ、違いますわ、お父さま。参考までに伺っておきたかっただけで……」
泣き出しそうな顔をするお父さまに慌てて訂正する。きっと私が何か粗相したのではと勘違いさせている。
ただでさえ、学園を辞めてさせてしまったという心残りがあるのだから刺激してはならない。
適当に誤魔化しながら悪くなった空気を和ませるのに必死で帰路に着いた。
乗馬に剣術、エスコートやダンス……。どれもアーデン、やってない。
差し当たってできそうなものといえばエスコートやダンスかも。剣術も素振り程度なら何とかなる?
そんな風に思考しながらも実を言うと私も碌にエスコートされた経験もなければダンスも中途半端だ。
本当に困った。学園でももっとしっかりと身に付けてれば多少なり役に立ったかもしれないのに。
あの頃は家のことで手一杯で復習練習よりも家事、だったからと言い訳してみる。
どうせいずれは平民になるとタカを括ってどこかで手を抜いていた気もする。今更だけど。
まさかこんな風に貴族のたしなみが必要になってこようとは思いもしない。
一応、エスコートやダンスの相手として補助をすることになったからと伝え、両親に訊いてみたらさすがは元貴族。型は完璧ではないものの身体が覚えているらしく様にはなっていた。
それに二人で手を取る様も照れてはいたが少し嬉しそうだった。
今まで余裕のない生活を過ごしてきたからまねごとみたいな微笑ましいこんな時間もあっていい。
そう思いながらいろいろと聞き出し、明日からのアーデンとの時間に生かそうと思った。
とはいえ、碌な貴族経験のない私が教えるなんて無理な話だった。
「貴族男性としてエスコートやダンスは必須らしいです」
意気込んでみたものの、はっきりとは分からない。……だってエスコートされたことないから。
アーデンは私を見つめ、どうするの?と首を傾げる。
ダンスならばとアーデンと向かい合って組んでみるものの、いつの間にかリードを取っているのが私だ。
繋いだ手すら合ってるのか分からず、身長差から私の方が男性役を担っているような気がする。
それにダンスの基礎が身についていない私は何をどうしたいのかさっぱりわからない。
「大変申し訳ないのですが、どうすればいいのか全く分かりません」
恥ずかしい。いつもなら堂々と知っていることを教えられるのに全く歯が立たない。
「セシリアでも分からないことがあるんだね。……安心した」
手を繋ぎ向かい合わせで見上げる瞳が悪戯に輝いている。
「お役に立てず申し訳ありません。参考になればと思っていたので……」
結局は何もできない。所詮は中途半端だった名ばかりの子爵令嬢。
この様子だと太陽姫の手助けもいつになるのか分からない。
本来なら出会っているはずなのに私が居るからこうなっている、とか?
それだったらどうしようもない。強制力とか圧力、権力に関しては私は何もできない。
物語の流れでマーデリンの力あってこそ陰でアーデンを支えることができるのだから。
もし私がイレギュラーな存在なら太陽姫と結びつけるよう動くしかないのかも。このままの状態じゃマズいから。




