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やはり市井では正義の王女として太陽姫の噂は広まっていたらしい。
なんでも王都で平民が貴族に粗相をしたところに出くわし、そのもめ事を収めたというのだ。
それが数年前の話でマーデリンは美しいだけでなく、心も綺麗な方だと話題になったらしい。
アレクシスラント王国の姫君は神々しいと敬われた存在として崇められている、とか。
そもそももめ事は婚約者と会うために王都を通るすがらの出来事であったらしく、それで月に数回、王女の乗った馬車が通る時に出会えれば拝まれると有名のようだ。
ということは王都で名の知れた人物で間違いなさそうだし、ブランディンとの婚約も周知の事実で公表されているということだ。
これでアーデンに尋ねてみても不自然ではないだろうと思う。
「アーデンは太陽姫、ご存じですよね?」
知ってて当然だよね、とさら~とさり気なく会話に組み込んでみる。
するとキョトンとした様子で誰?というような顔をした。
予想外の反応で戸惑ってしまう。
「とても美しい方で正義の王女と謳われ、有名な、はずです、けど……?」
「……太陽姫? ……正義の? ……有名?」
アーデンは腕を組みながら思考を巡らしている様子。
既に出会っているはずなのに知らないとか? 嘘でしょ。
「……ごめん、僕、あまり市井のことは知らないんだ」
そうだった! アーデンはここで閉じ込められた状態のようなもの。
加えて誰一人として近づいていないため、噂なんて耳にするはずもない。
余計なことを聞いてしまったと慌てた私は話題を変えて誤魔化していた。
「今はセシリアがいるから楽しい」
食事を運んで一緒に食べ、部屋の掃除をした後はとりとめのない話をして過ごす。
実にのんびりまったりとした時間を過ごしていて今までの過酷さとは大違い。
同じグリフィス公爵家とは思えない、この差。
食事に不自由することなく、不躾な仕事を押し付けられることもない。
これで給金が同じように貰えるとは夢のような働き口であると思う。
でも、なんだろう、この腑抜けたような生活が性に合わないせいか物足りない。
今までが今までだったからこのままダラダラと過ごすなんて時間が勿体ないと感じてしまう。
何かをしないと申し訳ない気さえしてしまい、数日後には自宅から裁縫セットを持ってきて二人して刺繍とかし始める始末。
「久しぶりだから上手くできるかな」
アーデンはそんな風に言いつつも腕は全く衰えていることなく、立派な作品を仕上げたりした。
実に指先が器用で羨ましい限りで同じ図案でもここまで違うものかと落胆した。
あまりにも上出来すぎてお母さまに見せると感嘆し、販売品になるのではと評価された。
そのことを話すと好きにしていいと返され、新しい作品に精を出す始末だ。
さすがにそればかりをしていられないからと紙とインクを用意して家に所有していた本の模写をして過ごすこともあった。
室内は絵画も本もなく、調度品が整ってはいるけれど、それだけで何もないことに気付いた。
整えられた部屋と与えられる食事。
はたから見れば寝食を保障されているともいえるけど、ただ生かされているだけに過ぎない。
人を近づけず、教育すら受けさせる意図が全くないとみえてブランディンの徹底ぶりに驚倒する。
そんな環境下なのにも関わらず、私の採用はどうして可能だったのだろう?
何らかの意図があるのかと不安になってしまうのも仕方がない。
けれども今はアーデンの専属侍女としてやるべきことはきちんとするしかない。
先の見えない状況だけど入学までの貴族教育も気になってしまうのも無理はないと思う。
私も多少は受けてきたけれど、それは子爵家レベルのもので途中からはおざなりになっている。
それに女性と男性では異なるのも間違いない。
変に侍女スキルが身についてしまったアーデンに正しい貴族教育は如何なるものかをきちんと伝授しないといけないと感じるのは私の責任でもある。




