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「じゃあ、いってくるよ」
「いってらっしゃい、お父さま」
朝食を終え、仕事に出かけるお父さまを見送ると洗濯物を抱えた。
爵位返上を行なってから三日が過ぎ、晴れて平民として過ごしている。
お父さまは王都近郊の商会での帳簿係として勤務し、お母さまはお針子として働いている。
私もすぐにでも働き口を探そうとしていたのにしばらくは休みなさいと諭された。
最もフロンテ領での生活が身についているのでゆっくりすることが落ち着かなくてつい家事に専念しているけど。
いつも調理以外の家事全般はほとんどやらざるを得なかったのできびきびと動いてしまう。
その動作に縫物をしていたお母さまが自分がやることがなくなってしまうと嘆いている。
でも料理だけはきちんとできなかったのでここぞとばかりにご教授いただくことにした。
魚の解体や保存食づくりに関してはそこそこ身についているけど、料理とはいえないしね。
それにボロボロと化した心得本のレシピがついに実践できると思うとそれだけでも嬉しい。
材料全てを揃えるのは難しいけど、生活に余裕ができれば入手できるはずだ。
私が働きだしたら収入も増えるだろうし、甘味が食べれるなんて嬉しいだろう。
今までずっと我慢して頑張ってきた両親を労いたいしね。
だから早く働きたいんだけどなあ。
家中ピカピカにし、畑を耕しながらため息をつく。
そして何となく頭に過ぎるアーデンのこと。
「……元気にしてるかな」
アーデンがタウンハウスに戻ってから1か月は経っている。
貴族教育が始まっていて太陽姫とも出会った頃だろうと思う。
フロンテ領にいる頃よりはマシだろうけど屋敷では冷遇されてるよね、きっと。
だけど成長するにつれ、私の手なんて必要ないほど身の回りのことは自分でできるようにはなってたし、貴族らしい振る舞いはできないにしろ、何よりタウンハウスだし家畜のような扱いはされないだろう。
きちんと食事さえ用意されていれば生きていけるし、もうしばらくすればおそらくマーデリンが対処してくれる。
目の当たりにして確認ができないから心苦しいけどそう思うしか方法がない。
少なくとも数年経過しないとアーデンとマーデリンのハッピーエンドを知ることができないから。
多少近い場所にいる分、もどかしいけど風の便りを頼るしかないただの存在だしね。
特に平民となり下がってしまった今は近づくことすらできない身分。
その辺は弁えていないと両親がただではすまない。
充分に貴族としての責任を果たしたのだからこれ以上蔑まされるような目を向けられてはたまらない。
元貴族という立場を利用して貴族に媚びへつらったり、平民をバカにするような態度をとったと吹聴されればもうこんな風には生活できないからだ。
あくまで慎ましく平和に生きていかなければと思う。
もめ事を起こすことだけは絶対に避けなければいけないとやっと手に入れた地位を保持するためにはと固く誓った。
季節は春の終わりを迎えつつ、初夏の兆しが現れ始めた。
今頃はアーデンをガードして必死になってた頃だよね。貴族侍女との遭遇を避けながら食事の準備に勤しんでた。
それと同時に公爵家のカトラリーを念入りに磨いたりとお迎え準備に忙しい時期だったな。
それがこうして畑を耕しながらのんびりとした時間を過ごしているなんて落ち着かない。
帰郷してから2週間以上経ち、狭い借家はどこも綺麗になりすぎてすることがなくなってきている。
お母さまの針仕事を時々手伝ってはいるけど、もうそろそろ働き始めてもいい頃だと思う。
只でさえ中途半端な時期に侍女を辞めているのだ。探し出しておかないとすぐには働けないはず。
知り合いもコネもない私がいい仕事を紹介してもらえるはずもない。
いい条件のものをゲットするためにも動き出しておこうと両親を説得することにした。




