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 とうとうアーデンがフロンテ領から旅立つ時がきた。

 毎年恒例の貴族侍女を迎える準備が始まる前、王都から迎えがやってきたのだ。

 何年か前に代替えした新公爵カーティスからの使いらしく、それはそれは丁重に迎え入れていた。

 そしてお見送りの際も使用人全員が並び、丁寧に頭を下げている。

 いつもこんな風に過ごしてきましたよと言わんばかりに。

 その点においてはハーパーさんは凄いと思った。娘二人はボロが出そうだったから。

 私は貴族の端くれなのでその辺は対処できる。これこそが平民との違いかもしれない。


「アーデン様、お気を付けて」


 感情を抑えつつ、しっかりと頭を下げたまま、歩く姿を見送った。

 アーデンは何も言わずに振り返ることなく颯爽と馬車へ乗り込んでいく。

 やがて立ち去る音が響き渡ると遠くなった馬車を歯を食いしばりながら見えなくなるまで見送った。


「さようなら、アーデン。幸せになってね」


 絶対に泣かないと決めていたから。小説のように傍観者になりきろうと思った。

 あくまで登場人物なのだからと割り切ろうとしていた。

 けど、7年という月日は大きかった。

 いつもそばにいた存在は幻ではないと感じた。

 夜、広くなったベッドが妙に寂しくて不意に涙がこぼれる。

 私はやっぱりこの世界で生きているんだなと実感したのだ。



「今年はあんた一人で全部やってよね」


 胸に隙間を抱えつつも、日々が忙しくなった。

 ここぞとばかりにデリアさんまでもが自分の仕事を丸投げするようになった。

 私が平民落ちすると知ってから風当たりが酷くなっていたのはいうまでもない。

 残り少ない日々を少しでも楽しようと思っているのが目に見えて分かった。

 でも私にとってはそれはちょうど良かったといえる。 

 すぐに貴族侍女のお迎え準備期間に入り、毎日、部屋の掃除に明け暮れた。

 気持ちを紛らわすために仕事ばかりに集中しつつ、夜は余計なことを思い出さないよう早めに寝る。

 早く目が覚める朝は仕事までの時間、ちまちまと立ち去るための荷物の整理整頓をし続けた。

 元々は再利用として活用したもの。生き延びるための知恵の結晶たちを身を削りながら処分していく。

 全てを所持できるわけもなく、勝手にあったものを使用させていただいたものもある。

 消耗品ともいえる年月をかけた分の思い出たちは心に刻むことにした。

 ここを出る時は最低限の荷物でいい。最初から身一つで来たようなものでこれでも増えた方なのだ。

 カバンに収まる程度に留めて綺麗に立ち去れればいい。立つ鳥あとを濁さず、である。

 それにこの屋根裏部屋は今後使われることはないと思う。

 恒例の貴族侍女たちは毎年決まって全員フロンテ領を去っていったのだから。

 私のような特殊な存在はこの7年間出てこなかったし、例の男爵令嬢二人が参加しなくなってから長くて2カ月で去ることが増えていた。

 全てはハーパーさんたちの思惑通りに流れていて、その分私の負担も増えたけども。

 今後、滞在時にアーデンがフロンテ領に来ることがあってもさすがに屋根裏部屋には案内しないだろう。

 公爵家の一員としての扱いに関しては信じられないくらい完璧なのだから。

 きっと私が居なくなれば以前の物置部屋として閉鎖されるはず。 

 小綺麗に片付いたこの場所はまた影を落とすことになる。詰め込まれた家具たちのように放置され続けるだろう。

 やがて私の存在も忘れ去られ、この物語の一部として埋没するのかもしれない。

 存在はしたかもしれないけど名前すら見かけなかったこの小説では元々出てこなかった人物でもある私。

 主役はアーデンなのかもしれないけど、私は私。こうして生きている。

 私はこれから平民としてこの世界の新しい物語を歩き始めるのだ。もう関わることのない主柱の外側で。

 だからこの寂しさをいつまでも引きずってはいけない。

 身分も世界も相違する未来に終止符をつけるためにも。

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