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グリフィス公爵家のフロンテ領に勤めて7年。
充分な給金を貰いつつ、住み込みの生活では過酷な状況を強いられてきた日々。
アーデンはもちろん無事に生き延び、公爵の意向により、ほぼ強制的な事情で貴族教育を受けることになるため、王都にあるタウンハウスへと戻ることが決定していた。
これは出会った頃から私は知っていたことでその期間のためにあえてフロンテ領に留まっていた理由の一つでもある。
もちろんアーデンが去ってもここで可能な限りは働き続ける気ではいた。
崖っぷちのフェルトン家にはそうすることで少しでも助かっているのだと理解しているから。
でもそれが、まさか終わりを迎えることが近づいていたとは思いもしなかった。
年が明けて間もない頃、私宛に両親からの手紙が届き、春には爵位返上を行うという知らせがあった。
ようやく借金返済に目途がつき、貴族としての責務から離れることができるのだという。
借金を抱えたあの日から10年以上もかかり、ついに平民へとなり下がるその時が訪れようとしていた。
平民ともなれば公爵家の上級貴族になど勤められるはずもない。
曲がりなりにも貴族という爵位を持っていたのが条件として雇用されたのだから。
本当にタイミングよくアーデンの元を離れ、王都に戻って平民としてやり直すことになるなんて想像つかなかった。
でも、これから物語が始まるには傍観者としては遠目で見守れることになる。
ゆくゆくは太陽姫とのハッピーエンドを耳にし、アーデンが幸せになることを知れるのだから。
もし遠方のフロンテ領に残っていたら風の便りとなってそのことを遅れて知るよりはいいかもしれない。
そう気持ちを切り替えつつ、アーデンが難なく戻れる日を願っていた。
「よくもまあ、貴族然とした態度で何年もいられたね。そうしていられるのも今年の令嬢たちが来るまでだよ。その前にはあの下賤はいなくなるし、お前は雇われるに値しない。この私が温情で令嬢たちが来るまでと頼んでやったんだからありがたく思うんだね」
爵位返上事情を直ちに知ったハーパーさんはすぐに私を蔑んだ。
両親からの手紙を読んで調理場に戻ってきた途端、そう言われるのだから盗み見されていることはバレバレだ。
温情といいつつも貴族令嬢のお迎え準備が大変なためそれだけさせてから追い出すつもりというのも判っている。
その前にはアーデンもタウンハウスに戻っているし、初夏の休暇でここに訪れることになっても、私が去った後でもう会うことはないと思う。
とにかくアーデンに余計な心配をさせないためにも何事もなかったかのように黙っていることにした。
「もう時期、王都ですね」
雪解けを迎えつつもところどころ残雪があり、まだ肌寒い日も続いている。
春も近いこの年、アーデンは近い目線で見下ろせるほど成長していた。
クリッとしたアーモンド形の瞳はほんの少し細くなり、紫色は輝きを増している。
ひょろっとした細身の体にミルクティーの褐色は痩せてはいるけど貧相には見えないと思う。
ずっと伸ばし続けた髪は整ってはいないけど黒くて艶がある。
公爵家の一員としてはアウトな外見だと思うけど、あの状況下では随分と健康に育ったといえる。
本来は使用人以下の扱いを受けてこき使われている流れで悲惨な展開。
現状は侍女の心得を習得していて器用でもあるし、隠密のような生活で森で過ごすことも多かったせいか、野生児っぽくなった感もある。
ちょっとかけ離れたかもしれないけど、貴族らしい生活はほとんどしてこれなかったし、とりあえず使用人っぽいことも心得本で学んでいるし、粗雑な部分もある。
一応は小説どおりの雰囲気を醸し出している、はず?
これから貴族教育を受けるにあたり、冷遇が待っていてもマーデリンと出会うまで多少は耐えられるだろう。
寂しそうな顔つきをしたアーデンは私をじっと見つめ、頷く。
だからこそ湿っぽくならないよう前向きに接して精一杯務める日々を過ごした。




