18
翌日を迎え、いよいよ公爵家の出発も差し迫る頃だった。
「アーデン様は体調がよくないのでお見送りできません」
形式的に訪ねてくるハーパーさんへ判を押したようにそう伝える。
「承知しました。ではそのようにお伝えします」
茶番はこれで終わりのはずで公爵家御一行様が立ち去る。
あとはランチタイムで貴族令嬢様方が食事をとっている間、こっそりアーデンと屋根裏部屋に移動すればいい。
そして再び調理場勤務へ戻り、令嬢たちがフロンテ領を離れるまでひっそりとやり過ごす予定だ。
上手く乗り越えればアーデンと過ごすいつもの過酷な日常が戻ってくる。あと少しと思っていた。
予想外のことが起きたのはハーパーさんに言付けてしばらく経ってからだった。
寝室に近い位置に設置してあるテーブルで食事を終えたアーデンが座っている時だった。
突然、ノック音が響き渡り、びくりと身構える。
慌てて扉に近づき、少し開けると紫色の瞳が目に入った。
「あ、あなたが何故ここに?!」
もう出発しているはずの時間。いるはずもない人物の登場に声を上げ、咄嗟に扉を閉めてしまう。
私の様子を察したアーデンが慌てて寝室へと駆け込む。
再びノックがして逃げられないと扉を大きく開いた。
一歩下がったものの、部屋に入らせないようにと進路を塞ぐように突っ立つ。
充分に失礼な態度をとっていると自覚はある。
「先ほどは失礼しました。どのようなご用件でしょうか?」
ハニーブロンドのくせ毛に陶器のような白い肌。優し気な整った顔つきの若い青年はおそらく長男カーティス。
見たことも会ったこともないけど、アメジストの瞳が何より公爵家の証だ。
「最後にアーデンの様子を見に来たんだ。もう発たなければならないからね」
「申し訳ありません。アーデン様はずっと体調を崩して臥せっており、お会いすることができませんのでお引き取り願います」
会わせないぞと強い意志で立ち向かう私は必死だった。
ここで邪魔が入ればアーデンと私はどうなるか分からない。
今のちぐはぐすぎる容姿では不自然さを感じさせる可能性が大きい。
アーデンの状態を察して連れ戻される結果になって小説にない展開へと持ち込んでしまったらブランディンが今後何をするか分からない。
今は乗り越えなければならない局面! そう思って頑張っていたのに!
「失礼する」
するりと脇を抜け、部屋に押し入ると寝室へと向かった。見かけによらず強引なところがあるようだ。
「お待ちください! ダメです、カーティス様!」
一瞬立ち止まったものの、願いむなしく、寝室へのドアに軽くノックをするとズカズカと入っていく。
追いかけた先にはベッドに潜り込んで身を隠すアーデンとベッドに近づくカーティス。
上掛けを捲り、アーデンの姿を晒しだす。そこへ強引に割り込み、すぐにアーデンの姿を隠した。
ひるんだ瞬間、力任せにカーティスを寝室から追い出すと両手を広げ、ドアの前に立ち塞がった。
その流れに対し驚いたように私を見つめるアメジストの瞳。
「君は一体……」
「失礼いたしました、セシリア・フェルトンと申します。臥せっておられますのでアーデン様にはお会いできません」
とりあえず名のったものの、引き下がるわけにはいかない。一瞬、姿を見られている。誤魔化さないと。
「だが、アーデンは……」
「お見送りできず申し訳ありません。どうか、お引き取り願います」
入らせまいとする私と再び乗り込もうと画策するカーティスの押し問答が続く中、
「兄上!」
開いたままの扉から鋭い声が響き渡る。慌てた様に室内へと入ってくる人物。
ハニーブロンドの真っ直ぐな頭髪に釣り目がちの紫色の瞳の少年が姿を現す。
予想もしない諸悪の根源、真打の登場。
間違いない! ブ、ブ、ブランディンだ!
次々と目の前に小説の登場人物が現れる非常事態、どうなってるっていうの!




