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昨年と同じ時期に少し多めの15人ほどの貴族令嬢がフロンテ領に訪れていた。
比率は伯爵、子爵、男爵と均等で綺麗な具合に分かれ、例のごとく毎年常連の男爵家の二人もいた。
私の姿を見かけるなり、驚いたようなリアクションがあったが、声をかけることはない。
ハーパーさんが意図的に私と接触しないよう上手い具合に誘導している。
活動は相変わらず別荘班と別館班に分かれさせ、午前中は夫人の指導を行うと全く変わらない様子。
私はどちらかの補助として入るのかと思いきや、調理補助として大体調理場にこもることになる。
つまり建前は人数の増えたための下ごしらえの専任ということで表にはださないようだ。
もちろん顔合わせの際に貴族令嬢たちには紹介されたものの、内情をバラされたくない都合と親しく他の貴族と繋がっては困るという妨害のためだと思う。
こちらとしてもフェルトン家の現状をバラされても困るし、下手に誤解されてハーパーさんたちを警戒させたくないのですんなり受け入れる。
逆らう気は全くありません、指示に従いますよって感じで令嬢たちとの接触を避けるように振舞ってる。
当然、同じ別館内でも屋根裏にいることもバレないように気を遣い、万が一のことを考えて屋根裏に続く階段方面の廊下にはついたてを提案したほどだ。
おかげで大人数いるはずの敷地内なのにいないときと変わらない空気感となっている。
アーデンも別館内の様子を知っても、冬ごもりの時のようにおとなしく過ごしている。私が調理場に用がない時はずっと一緒にいることもあって嬉しそうだ。
「これ、セシリアが切ってるんだよね?」
根菜のゴロゴロ入ったスープの人参を掬ってアーデンが呟く。
今までは買い出しした野菜は洗うのみの下ごしらえしかしていなかった。
あとは料理人が皮をむいて切って調理するという流れを組んでいたけど圧倒的に量が少なかったせいでもあるし、腕を落としなくないという理由もあったらしい。
今は大人数でそうはいってられなくなった。調理場に閉じ込める理由も必要のためなのか、切る過程までが私の仕事になっている。全てではないけど。
「ぼくもやってみたいな」
紫色の瞳を細めながらじっと欠片を見つめる顔から興味があるのだなと思った。心得本にもお茶の入れ方やお菓子のレシピは載っている。料理も気になっているのだろう。
果物ぐらいならどうにかなるだろうとペティナイフをこっそりと持ち込み、わざとヘタを残したイチゴを食事時に運んだ。
令嬢たちが滞在してるおかげでメニューが豪華になり、格段に配分も増えた。
デザート向けの果物なんて今のうちだとここぞとばかりに捕獲しておくに限る。
ペティナイフを使ってイチゴのヘタを取り、半分に切ったものの表面にV字に刃を入れていく。
そういう風に大きさに合わせいくつか切り離した後、ずらして盛り付けると飾り切りの完成。
「どうぞ、お試しくださいませ」
目を輝かせるアーデンにわざと恭しく告げて食べ終えた食器を下げながら調理場に向かう。
仕事を終え、戻ってくるとテーブルの上には綺麗に並べられたイチゴが鎮座していた。
いくつかのイチゴがいびつになっていたが得意げな顔のアーデンの姿が可愛い。
「とてもお上手ですね」
笑って優しく頭をなでるとフォークに突き刺したイチゴの欠片を差し出してくる。
「ありがとう、セシリア」
何となく断面がハートに見えなくもない赤い果実を口に含むと甘酸っぱかった。
「お役に立てたのであれば光栄です」
そうやってどうにか小さな願いを叶えることができたようでホッとした。
そして影を落としたような日常に見えても穏やかに過ごせていた日々に変化を迎える時期が来てしまった。
ついに恒例となる公爵家のフロンテ領来訪が間近に迫る初夏の訪れ。
1年前、アーデンを置き去りにさせた本人が滞在するその日がやってくるのだった。




