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前世を思い出した侍女は呪公子を幸せにする  作者: おりのめぐむ
子爵侍女、前世を思い出す
18/92

 辺りはすっかり真っ暗になっていた。

 手元にはハーパーさんが持っていたランプ程度の明かりしかない。

 雨はようやく上がり、ぬかるんだ解体小屋への道を急ぐ。

 木の板を外すと悪臭が解放される。

 それを我慢しながら小屋の中に小さな明かりを灯す。

 相変わらず変わらない場所で汚い布が丸まっていた。

 手前には欠けた空っぽの皿。あの時のままで食事を追加した様子はない。


「アーデン様」


 布に向かって声をかけるともぞりと反応した。


「ここから出ましょう!」


 黒い影が布から顔を出すものの、それ以上の反応はない。

 そっと手を伸ばしてみせても動かないままだった。

 臭いもきついし、早く連れ出したい気持ちが勝り、思い切って布ごと抱える。

 両腕で抱きかかえてその重さに驚く。びっくりするほど軽い。


「アーデン様、お運びさせていただきますね」


 布越しに話しかけながら私は解体小屋を後にした。

 別館に戻る途中、石造りの建物に立ち寄る。

 ここは使用人のトイレと浴室兼洗濯場でもある。

 トイレといっても室内にあるか外にあるかの違いで中は変わらない。

 浴室兼洗濯場は大きなタライと小さな桶があり、両端に腰掛けられるような長い石がある。

 前世のような浴槽や洗い場、シャワーなどは皆無なお風呂場。

 タライにお湯を入れ、そこから桶で汲み取って布で拭くか身体にかける程度の利用。

 もちろん別館の地下にも浴室があり、バスタブは存在し、貴族特権でお湯には浸かれた。

 けれど3人になってからはそこは閉鎖され、ここの利用のみとなったのはいうまでもない。

 それでも当初は一番風呂的に3人同時に真新しいお湯を使わせてくれていた。

 今ではすっかり一番最後になってしまったけども。

 当然、タライに残ったものの使い回しで熱くしたい場合は自分でお湯を追加しなければならない。

 でも今日は調理場の片づけが終わっていた。ここにはもう水に近いぬるま湯が残っているのみ。

 長いこと意識を失っていたせいか時間をロスしてしまったようで悔やまれる。

 いつもなら夕食後、あと片づけをしたのち、お湯を沸かしながら順番待ちしていたのに。

 とはいえ、このままの状態を放置できないから仕方がない。


「大変申し訳ありませんが、我慢してくださいね」


 石の椅子にアーデン様を腰掛けさせると外に出てバケツ数個に水を汲む。

 とてもじゃないけど、タライの残り湯だけじゃ足りないと思った。

 本来タライは人が入ることはない。大きいけど浅くて腰が浸かる程度。

 簡素な洗濯に兼用として使うからそれで十分なのだ。

 でも今日は違う。少しでもすっきりしてもらうために荒療治となってしまうのは否めない。


「明日はきちんとお湯を用意しますので、本当にごめんなさい」


 そう言うとタライのぬるま湯を泡立てそこにアーデン様を突っ込んでいた。

 とにかく時間をかけずに手早く簡単に洗い終えた後はタライの淵に腰掛けてもらい、バケツの水を掛け、泡を洗い流す。

 支給品にあった一番いい布を使って身体をふきあげるとそのまま屋根裏へと運んだ。


「……私の古着ですけど、我慢してくださいね」


 着古したブラウスを着替え代わりに着せるとベッドに座らせた。

 

「お腹、空いてますよね? これぐらいしかありませんがどうぞ」


 いつぞや伯爵令嬢からもらったチョコレートを口の中に放り込む。

 あの時から勿体なくて食べずに大事に保管してあった品、役立って良かった。

 まさか夕食が用意されていないとは思わなかった。もしかすると1日1食だったのかもしれない。

 知っていたら今日の夕食、食べなかったのに……!

 ヘッドボードには水差しとカップが置いてある。水を差し出すとごくごくと飲み干していた。

 終始アーデン様は何も発することなく、私にされるがままだった。

 もしかすると抵抗できないほど弱っているのかもしれない。

 ただあの綺麗な紫色の瞳がじっと見つめているだけだった。

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