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気品に満ちて妖しく輝くパープルアイ。
魅せられたまま捉えられる私を離さない眼差し。
生まれて初めて出会う見たこともなかった色彩。
あの男の子の瞳が焼き付いてずっと頭から離れない。
脳内を駆け巡る文字の羅列と描写でしかなかったもの。
目の当たりにしてふと気づく。
ここはグリフィス公爵家が所有するフロンテ領の別荘。
自然豊かで空気と景色が綺麗な地域で初夏の行楽を過ごす地としては最適で素敵な場所。
公爵家は毎年1週間程度、滞在する。
公爵はハニーブロンドの髪に見目麗しい顔立ちで公爵家特有のアメジストのような瞳が特徴。
夫人を亡くしていて、次期公爵と名高いご令息が存在する。
名前や特徴、思い出した記憶を探れば小説に書かれている内容に一致する。
そう、ここは私が知っている文章でしかなかった世界に似ていた。
そして私は既に亡くなっていて今はもう以前の姿ではない。
明るいアッシュブラウンのロングヘアを小さくまとめ、茶色の中に少しグリーンが入ったような色味のヘーゼルアイを持つ崖っぷちの子爵令嬢。
自身がどう過ごしてきたのか、どういう経緯でこうなったのかという生きた証がある。
セシリア・フェルトンとしての私があの男の子の瞳に魅せられて甦った記憶。
何故だか分からないけどこの世界に存在してちゃんと生きている!
前世の記憶とこれまでの人生とが混在し、今ここにいる立ち位置を把握しようと試みる。
偶然にも貴族という爵位を利用してグリフィス公爵家のフロンテ領で働くことになった。
実際には公爵家の方々を見かけることすらなかった滞在期間。
伯爵令嬢たちはその存在を確認しつつもほぼ近づくことができなかったという。
でもそれは現公爵と次期公爵という二人のみの人物しか耳にしなかった。
思えば滞在時の予備としては多いと思えた準備物。
別荘班に関わっていないため、はっきりとは言えないが二人だけの滞在ではないという可能性。
公爵家御一行は、実際、何人だったのか?
ハーパーさんたちの管理が徹底していたせいだとしたら?
私が知っている小説の舞台ではフロンテ領に訪れたことになっている他の人物の存在が明らか。
今は一体、いつの毎年のことなのか。ただ、確信があるのはただ一つ。
”漆黒の闇のような艶やかな黒髪。ミルクティーを浮かべたような薄茶色の肌。
アーモンドの形をした瞳に映る色はアメジストの宝石のごとく輝いている――”
彼の生誕を謳った形容は確かそのようなものだった。
解体小屋で見かけた真っ黒い姿の紫色の瞳を持つ小さな男の子。
――まさか、彼が?
踊り子である母から公爵家の不義の子として産まれ、呪公子という呼び名の”アーデン・グリフィス”ではないかと行きついていく。
彼はブランディンという2才離れたの兄の策略でフロンテ領に置き去りにされてしまうのだ。
そこでは貴族として扱われず、使用人以下の存在として飼い殺されていく状態になる。
いつ死んでもおかしくない環境に追い込まれているにも拘らず生き抜きて12歳までの時を過ごす。
貴族教育が始まるまでの期間、フロンテ領に閉じ込められてしまう運命。
王都に戻って太陽姫と出会うまで悲惨な生活を余儀なく送らされることになっている。
もしあの小さな男の子がアーデン本人であればあの扱いは酷すぎる。
もはや人としてではなく、小屋に閉じ込めたまま、見るからに家畜のようなぞんざいな扱いをしている。
到底、世話をしている状態とはいえず、あんな小さな子どもが12歳まで生きられる環境じゃない。
毎年公爵家は訪れているはずなのに公爵が放置しているとはおかしな話。
もしかすると連れてこられたのは今回が初めて?
だとすると滞在から1カ月以上は過ぎている。その頃から閉じ込めているとしたら?
……この状況を見逃すことなんてできるはずがない!
あの子の生死に関わること。一刻を争っている。
まずはハーパーさんに確かめなければならない。




