エピローグ2 2/2
封筒を開け、手紙を取り出す。
「ノアちゃんと食べてるか? サンタンに言われたが、この手紙はいつ届くのか、果たして届くのか分からない。それでも、自分が生きていることを伝え、ノアの無事を祈って、この手紙を書きサンタンに預けることにした」
手紙にはその後、向こうでのレイの暮らしのことが書かれていた。
北の孤島ルーザデールにはトーブとアルマーマも来て一緒に修行を行っていること。
ここでの修行を始め、改めてセイセルーの凄さを知ったこと。
シエンナ騎士団の見習い訓練の時のように、ひたすら訓練に打ち込んでいること。
どこにも行くところもなく、唯一の楽しみが食事であること。
そして2枚目からは、料理の簡単なスケッチとレシピが書いてあった。
きのこのガレット、スパイスミートボール、サーモンロールキャベツ、アンチョビのベイクドポテト、ソーセージストロガノフそれからコケモモの実でつくったジャムまで。
「なんだよこれ、ほとんど料理のレシピじゃないか」
とノアが手紙から目をあげサンタンを見た。
「いいのかこれで? とレイに訊いたけどね。『ノアが一番喜ぶかなと思って』と言っていたな」
「ハァ? 私は食べるのは好きだけど、料理は得意じゃないよ」
サンタンが笑って最後に付け足された文を指差した。
「俺が作るよ。一緒に食べよう。
いつかその日が来るのを願って。
レイ」
「レイって料理作れんの?」
サンタンは答える代わりに、『さあね』と両手をひらいて上に向けた。
「でも、レイは嘘つかないし、やると決めたら地道になんでもやる奴だから」
「……そこは、否定しない。でも、たまにレイの考えてることがわからなくなるよ。ううん。たまにじゃない、よく分かんなくなる。魔法使いやめて、料理人にでもなるつもりかよ」
ノアが下をむいて不満そうに言った。
「ハハハ、案外そうかもしれないよ。本当は戦いなんてしたくないんだよ。いつか平和があふれる日がきたら、レイは料理人になるかもね」
「……」
「もちろん。ノアのための」とサンタンが笑う。
ノアは後ろを向き目線をそらしながらも、レイと二人で暮らす日々を想像した。小さな家のキッチンでレイが料理を作り、テーブルを挟んで二人で食事を食べるのだ。そんな時でも、たぶん私は一人がっついて食べて先に食べ終わるんだろうな。いつか、そんな幸せが来ることはあるのだろうか……
「国王の容態が良くないのは知ってるねノア」
サンタンが真面目な声を出した。
「あ、うん」
「もうすぐ第1王子と第2王子の間で激しい権力闘争が起こる。圧倒的な力を持っている第1王子のラン・サイユ王子だが、西側での侵略がうまくいかず、強引に起こした戦争を快く思ってない者は多い。シエンナ騎士団もそうだ。それでも生き残るために歯向かうことはできないけどね。それがノースレオウィルの1部で第2王子を支持する動きが出ている。ラン・サイユにかなりの住民が傭兵として集められ強引に連れ去られたことを恨んでいる」
「中央がやりそうなことだね……」
「第2王子を支持する機運が高まれば、下手をするとラン・サイユに粛清される事態になるかもしれん、そうなると。レイはほっとけないだろう。ノースレオウィルのことを」
「……」
「すまない。あまり面白くない話だったな」
「ううん。ありがとう、いろいろ教えてくれて」
「なあに。これが私の本当に仕事だ。情報を集めシエンナに、アヌシビ様に持ち帰らねば」
「サンタンはしばらくこっちにいるの?」
「明日にはここを出るだろう」
ノアは少し考えて「今晩、領主の娘と一緒にお忍びで聴きに来る。その時手紙を渡したい。レイに届けてほしい」と告げた。
手紙を書こうとして、ノアはなんとなくレイの気持ちが分かった。なんと書けば良いのかわからないのだ。言葉にするとどの言葉も嘘になる。うまく言葉にできない。何を書いても、うまく伝えられる気がしなかった。
それに時間がなかった。なんとか手紙、ペン、封筒は用意したものの、レンシア嬢始め、みんなの服装を用意し、お忍びで出かける支度をしていたら、何も書かぬうちに時間になってしまった。ノアは気落ちしながら、酒場に向かい席に着いた。一番奥にレンシア嬢に座ってもらい、両端を兵士長ルヴィエ、シャルル、ノアで固めた。
軽い食事を頼むと、すぐにサンタンの演奏が始まった。
トラヴィスの伝統音楽をギターで鮮やかに奏でていく。弾けるような音がなり、みな魅了されていたが、ノアだけは頭を悩ませ続けていた。ペンを持ち静かに手紙を書く。
「レイ。 サンタンから手紙もらったよ。良かった無事で、私はトラヴィスで元気にやっています。何かレイに書こうと思うけど、何を書けばいいのか分かんないや。この気持ちはとても手紙に収まりそうにないし、時間もないんだ。サンタンはすぐにいってしまう」
当たり障りのないことを書いて、フーとため息をついた。もっと書きたいことはいろいろあるのに、あり過ぎてまとめることができなかった。
サンタンの演奏が陽気で優しくゆっくりした曲に変わった。ノアの出身マリニエール=シュル=メールの曲「船乗りの子守唄」だ。ノアは、その優しさに浸りながら、レイのことを思った。
「レイ、楽しみにしてるよ。いつかレイが作った料理を一緒に食べることを。そこには、きっと優しい日差しがが降り注ぎ、美味しそうな匂いが漂っている。お腹いっぱいになったあとは「船乗りの子守唄」を口ずさみ、夜はまた一緒に星を見るんだ」
ノアはそこで一度筆を止め、サンタンの曲に聴き入った。
そして最後に演奏された、魔法使いウィルの曲を聴きながら最後の文を書いた。その曲は昼に聞いた感じとはまた違って、哀愁漂う、故郷を捨て旅をするウィルの寂しさを歌ったものだった。ノアは、その曲にレイの姿を重ね合わせた。
「星降る夜に言った言葉『私もいる』。忘れないで。何かあったら預かった背中を守るため助けに行く。だから、忘れないで。……いつか、レイ、レイ……レイ、来るよね。一緒に食べる、そんな日が、いつか。輝光石が導いてくれるよね。
無茶しないで生きてレイ。 ノア」
ノアはペンを置いて、そっと涙を拭き取った。
ギターの最後の音が酒場に消え、静まった酒場に割れんばかりの拍手が沸き起こる。ノアたちは少しでも混乱に巻き込まれぬよう、すぐにその場を後にすることになった。ノアはなんとかサンタンに封筒だけ渡して急いで外に出た。
ノアが後ろを振り返るとサンタンが拳をあげてノアの方を見ていた。ノアも拳をあげ突き出した。
「ノア、なにしてんの? 早く行くわよ」
レンシア嬢の言葉に、ノアが駆けていく。
空には満月が輝き、星々が煌めいた。
黄蘗の光が、そしてその中でひとつ、オレンジ色の光が煌めいていた。
「禁術の魔法」〜レイとノアの物語〜 第1部 レイ Fin
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