メテオストライク 14/17
謁見の間を出ると、廊下の端に腕を組んで佇んでいる騎士がいた。
ランスだ。
「ランス。どうして、ここに」
「今はモンペリ様について移動しているのでね」
「そうか」
「これは、おめでとうという事なのか?」
「……どうだろうか? 俺には分からない。だが、決めた道だ」
ランスはじっと黙って、レイを見据えていた。
レイは自分自身と向き合いながら言葉を探した。
「小村マノでのトゥバールとの戦い。……いや、もっと前からか。俺の中に、魔法使いウィルのように争いを止める力があるのなら、その可能性があるのなら、それで助けられる人がいるのなら、少しでもその道を進みたいと思っていた。……魔法使いウィルのように」
「どうやって止める?」ランスが問う。
「それは、まだ……」
「この前の戦のように、力が争いを止めることもある。だが……」
「なんだ、ランス?」
「力が争いを起こすことも、破滅を招くこともある。……俺は身をもってしっている」
ランスは何かを思い出すかのように、目を瞑り大きく息を吐いた。
「だから心配なんだ」
その言葉を聞いて、レイの顔が少し顔が緩んだ。
「……ありがとう」
「レイ。今回の様な事が許されるのは、あくまでここがシエンナ騎士団だからだ。その事は絶対に忘れるな。総長の人を人として認めるその理念を大事にした、ここシエンナ騎士団だからだ」
「ああ、分かってる。そして、その志を大切にする事、先ほど誓ってきた」
「……そうか」
「ランスはここで、俺は外で、互いに……」
ランスはレイの言葉を遮る様に「分かった!」と大きく声を発した。
「それがレイの決めた道ならば、おめでとうと言っておこう」
「ありがとう」
「禁術の魔法使いレイにご加護を。そして元気で」
「ランスこそ元気で」
「さ、そとではトーブたちが待っている。行ってやれ」
外に出ると、ストラスブル、トーブ、アルマーマが待っていた。
「ほんとにやめちまうんだな」
トーブがレイの胸に軽く拳を当てた。
「なんか実感ねえ」
レイは黙ってトーブの肩に手をおいた。
ストラスブルがボフッとレイの腹に遠慮なく拳を入れる。レイは「ウッ」と言って腰を引いた。
「まだまだだ。レイは私のあとの隊長候補として、もっと体を鍛えて鍛えて鍛えて鍛えて、鋼の男にしてやろうと思ったのだがな。しかたない」
ストラスブルがクルッと振り返りトーブを見た。
「トーブを鍛えるか。隊長候補として」
「いい!?」
とトーブはあとずさり、アルマーマの後ろに小さく隠れた。
アルマーマは小さく笑うと、1枚の書状をもってレイの前にでた。
「これは?」
レイは戸惑いながら、差し出された書状を受け取る。
「図書館、奥の書庫の許可書よ」
「えっ?」
「多分、禁術の書物もそこにあるわ。いつかノアと話してたでしょ。禁術の書物を見たいって。このことだったのね」
「……」
「これで、いつでもいけるわよ。と言っても、もうシエンナの騎士じゃないから、必ず見張りが付くけど」
「でも、どうして許可が? ツテがないと」
「総長の許可が入ってるわ」
レイは丸まった書状を広げその文字を見た。
「セイセルー様を通してお願いしたの。理由がはっきりしたから許可もらえたわ。まあ、だからこれは総長からの贈り物ね」
「……すまない。そしてありがとう。さっそく使いたい」
お昼の図書館は夜と違い、明るく優しい空気で満たされていた。見張りの騎士はクレテイスがついた。
「申し訳ないです。わざわざ来てもらって」
「仕事だ」
「しかし、クレテイス様がくるほどのことじゃ」
「様などつけるな。気色悪い。それに、自分で言うのも何だがな、勝負をして確実にお前を止められる奴はシエンナにそういない。変な気は起こすな。私は厳しいぞ」
「はい」
奥のカウンターで図書館司書のおばさんに許可書を渡し、地下へと続く通路の格子扉を開けてもらう。
「ここには子供の幽霊がでるからね。もし、もしだけど、その子をみたら一目散ににげなさい。決して後ろを振りかえったらダメよ」
ガチャリと音がして南京錠が外された。
「本当よ。私も見たんだから。……でも最近は幽霊も成長するのか、青年になってたのよね〜。それでね。ここから飛び出して、あの掃除道具の倉庫に入っててね。本当よ〜」
図書館司書のおばさんの話を聞きながらレイは頭をかいた。ノアと忍び込んだ時のことが蘇る。
書庫に入りメテオストライクの書物を取って奥のテーブルについた。
「クレテイスさんもどうぞ」
と言って椅子を差し出す。
「いや、私は外で待っている。気にするな」
「はい」
クレテイスが書庫の外に出ようとして扉の前で立ち止まる。
「レイ。強い力を持つと苦しむことになるぞ。いいのだな」
「……」
「いや、愚問だな。すまん」
「いえ」
「ストラスブルが心配していた。お前は私と似ていると……」
「……」
「私は、隣国エクス=アン=ディーヌの犯罪組織を潰すために、かなりの数の暗殺をおこなった。アヌシビ様の命であり、正義のためだ。運が良かったこともあり組織を壊滅にまで追い込むことができた。人々を救うため、そんな思いでやってきた。だが、そんなどうしようもない奴らにも家族があり、最後の暗殺は失敗こそしなかったものの、子供の前で行うしかなかった」
クレテイスは自分の手のひらを見つめ呟いた。
「……私は、子供たちの顔が忘れられない。……それで殺しはやめた。たとえどんな場合であろうと」
振り返りレイを見る。
「気を悪くしたか?」
「いえ、そんな」
「私は医療の道に進み、生かすことに全力を尽くすことにした」
「……」
「なにが正しいのか分からん。だが、道はいろいろある。思い詰めるな。迷ったら戻ってこい。何があっても生きろ。ストラスブルもそう心配して言っていた」
クレテイスはまるで自分が言われたかのように呟いた。
「はい」
「以上だ。変なこと言ってわるかったな」
そう言うと、クレテイスはそっと扉の外に出た。
レイはその言葉をかみしめ、静かに頭を下げた。