メテオストライク 13/17
レイは、まず隊長のストラスブルにシエンナ騎士団を退団する旨を告げた。驚きと共にその理由を聞かれ、レイは禁術のことを話した。なかなか話の内容を信じてもらえずらちがあかなかったが、トーブとアルマーマの協力もあり、ひとまず魔法部隊隊長セイセルーに繋いでもらうこととなった。
書物に囲まれたセイセルー部屋の中、レイは片隅の椅子に座っていた。ストラスブルと違いセイセルーすぐに内容を理解した。
「だってタートゥールの事をそんなけ詳細に知っていれば疑いようがないだろ。それに勝負して勝ったんだろ」
「はい、レスリングで」
「レスリング!? よくあのタートゥール相手にそんな危険な事をしたな。ちなみに僕はチェスで勝負をしタートゥールに勝ったがね」
「はぁ」
……とにかく勝てば良かったのか。何でも良いとは知らなかった。
窓辺に腰掛けたセイセルーが、ため息をついて話し始る。
「レイ君。きみ、甘いよ。甘い。そんな簡単にシエンナ騎士団を脱退なんてできないよ」
「それは、もちろん……」
「それに、禁術もそんなに甘くない」
「……」
「何故、禁術と言われているか。それはその力が、国と国との力関係を変えてしまうほどの力だからだ。僕が言うのもなんだがね、その力あるとわかるとただではすまないよ。特に君の力はメテオストライク。一度唱えれば都市の破壊さえできてしまう様な代物…… ましてやシエンナ騎士団を抜けるという。そんな巨大な力が、異国に渡ったらと思うと…… いっそ封印したまま、いや、永久に葬った方が良いという意見まで出かねない」
そこまで言うとセイセルーは頭を抱えた。
「どうしたものかねー」
「俺は守りたい。皆んなを、そのために」
「気持ちは分かるがね。術の種類が悪い。それにシエンナ騎士団を抜けるとなると……」
「シエンナ騎士団はやめますが、志は捨てません! この地を守る一人として、何かがあった時にはシエンナ騎士団と一緒に戦います」
「それは許されるのかね?」
「シエンナ騎士団としてではなく、自分の意志としての戦いです。それにそれで魔法がなくなったとしても、俺は戦います」
セイセルーは目をつぶり考え込み、大きく息を吐くと独り言の様にしゃべり出した。
「うーん。シエンナ騎士団をぬけて禁術を手に入れるなんて論外だと思ったが…… 案外、いい考えなのかもしれないなー。僕はこの障壁魔法の力があるおかげでというか、せいでというか、年柄年中、国王や王子の護衛に駆り出されるよ。嫌とは言えず、戦争に参加さ。まあ、交渉のネタにはなるがね…… ここにいて、君がその禁術を手に入れたとしたら、あの暴君ラン・サイユ王子が間違いなく戦場に君を呼ぶだろう。我々はラン・サイユ王子が起こしている隣国への侵略には反対の立場だが、呼ばれたらその禁術を使わされる事になる。それを考えると……」
セイセルーが弱った顔でレイを見る。
「難しいよレイ君」
「はぁ」とレイは気のない返事を返した。
レイは正直、国王とシエンナ騎士団の関係などは正しく状況を飲み込めていなかった。ただ、何度もため息をつくセイセルーを見て大変なことは良く分かった。
「これは僕の手には追えないね。総長始め、皆の意見を聞いてみよう」
レイはその日、宿舎での待機命令を受けた。その間に、いつでも出ていける様に身の周りのものを片付け旅立ちの準備を行った。手回品や着替えをカバンに詰め込み、置いていくシエンナ騎士団のマントを丁寧に畳んだ。叙任式の時の思いがよみがえる。ノア、トーブ、ランス、モーラ、ビルバ、ルッカ、ロッカ、サンタン。皆との思い出が駆け巡った。
次の日、謁見の間に呼ばれたレイは、叙任式の時と同じように玉座の前でひざまずいた。正面の壁にふんだんに埋め込まれた丸い小さなガラスから、幾筋もの光が差し込んでいた。
あの時と同じように、軍務長モンペリ、軍務長補佐頭ヴィベール、魔法部隊隊長セイセルー、隠密部隊長隊長アヌシビ、シエンナ地区長官バレンが並んでいた。そして、あの時とは違って、中央の玉座にシエンナ騎士団総長レジオーンが座っていた。小柄な初老の男で髪と長い髭は真っ白。謁見室にさす光を背後から浴びたその姿には神々しさがあり、その顔はとても穏やかだった。
「シエンナの騎士レイ」
レジオーンが静かに謁見の間に響く。
「ハッ」レイは改まって深々と頭を下げた。
「叙任式にて授けた誓いの言葉を覚えているか?」
「はい」
「モンペリ、誓いの言葉をもう一度述べよ」
「ハッ」
とモンペリが前に出る。
「汝、須らく『平和に尽くし、自由を守り、平等を築く』、シエンナ騎士団の精神を愛し守るべし
汝、シエンナの地を衛り、地域の民、及び訪問者の守護者たるべし
汝、謙虚、誠実であり、嘘偽りを述べるなかれ、汝の誓言に忠実たるべし
汝、礼儀を守り、寛大に、誰に対しても施しを為すべし
汝、正義と善の味方となりて、弱き者を尊び護るべし
汝、いついかなる時もシエンナ騎士の身であることを自覚すべし」
「では、レイ、改めて誓いを立てよ」
レジオーンは静かに席をたち祭壇にまつってあった剣を取ると、ひざまずくレイの前に立った。
「汝、禁術の魔法使いとしての自覚を持ち『平和に尽くし、自由を守り、平等を築く』精神を愛し守るべし」
頭を垂れたレイの肩を、レジオーンが長剣の腹で軽く打つ。
「誓うか?」
「誓います」
「『平和に尽くし、自由を守り、平等を築く』ここで言う自由には、レイ、きみの自由も含まれている。いついかなる時も自分で考え悩むのだ、そしてどんなに辛く苦しい道でも自分で選択をせよ。自分で考える事を放棄するでないぞ」
「はい」
「良い盾仲間を持ったな。そして教官、先輩に巡り合ったな」
「はい」
レイはひときわ力を込めて返事を返した。
「よろしい、君の言葉を信じよう。行くがよい。自分の信じた道を。今をもってシエンナの騎士を除名する」




