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シエンナ騎士団 8 / 13

「もういいのか?」

「ああ完璧」


 ノアは脇腹の包帯を見せつけてきた。バナナを食べていた所を見るとどうやら強がりではないらしい。フーと息を吐いて安心したレイは、隅に佇むランスに目を向けた。腕に自身のあったレイであったが、これまでの試合を見て、全てがランスの方が上だと認めざる得なかった。攻撃をいなしながら攻めを繋ぐ戦闘スタイルが似ている事から、より一層その事が身に染みて分かる。自信のあった遠方からの跳躍すら敵わないかもしれない。それにこの脚…… レイは力の抜けた脚を軽く叩いた。


 さて、どうしたものか? いっそランスとノアの試合の時の様に守りに徹してみるか。いや、惨めに押し込まれるだけだな。……それじゃあ、捨て身で攻めに徹するか。攻め口があればだが……


 レイが溜息をつきながら思案していると、ノアがバナナを差し出した。


「バナナやるよ」

「いらん」

「食え」

「……」

「そんな顔じゃ勝てねえ」

「……」

「レイが考えてる事は想像つくよ。だけど、絶望してる場合じゃないだろ」


 レイは、フーとため息で返事を返した。


「応援するよ。レイには借りが2つもあるしな。私にできる事ならなんでもしてやる」

「いや結構だ」

「同志だろ! 遠慮はなしだ」

「……」


 ノアの後ろに巨軀の男がやって来た。ノアが男の紹介をする。巨軀の男はモーラという名前らしい。医務室で治療を受けた二人は、そこにあったバナナを手に入れて大喜び、意気投合して広間に戻って来たらしい。


「私たちはレイに勝ってもらいたいんだ」

「頼むぜ。おい」


 ノアの後ろからモーラも声をかけてきた。


「私はコレ」と言ってノアは脇腹の包帯を見せた。

「俺はコレだ」と言ってモーラは足の甲の包帯を見せる。


「私たち手痛くやられたからね。レイが一矢報いてくれ」

「そう簡単に行けばいいがな……」

「いい作戦がある」


 と言ってノアがバナナを見せる。


「バナナを食う、幸せになる、元気回復、体力倍増、どうだコレ」

「……バカが」

「ダメか? 私には効くんだけどな」

「バカだからな」


 ノアのキックが、飛んできてレイの体の前で止まる。


「今は辞めといてやるよ、フン!」

「……」

「……応援するぜ」


 ノアが脚を下ろしながら呟いた。


「ほら、私の祈りはレイが魔法使うやつに勝って通じたし。レイの祈りもこうして叶ったからさ。今度もいけるよ。きっと」


 と言ってノアはバナナを指でクルクルと回した。レイは「すまんな。食べ物の事は祈ってなかった」と心の中で呟いた。


「レイが無事に勝ちます様に」と言ってノアが手を組み上を向いた。そのまま「ごめんな。こんな事しかできなくて」と続けて言う。

「いや」


 レイは誰かの応援を受けることなど、故郷の祖母そして師匠を亡くしてから一度もなかった。ここに来るまで、傭兵、用心棒、人足、農夫の仕事手伝いまで何でもやったが、常に一人、孤独という闇が心の芯を凍てつかせていた。そんな心に炎が灯った気がした。


「私はもう、レイの事、同志だと思ってるからな。だから、本気で応援する」


 レイは大きく息を吸った。そして「十分だ!」と力強く言って目を閉じた。

 脚を組み、膝の上で手を重ね合わせる。


「どうしたレイ? なんだ、何か必殺技でもあるのか? それとも諦めたのか? 諦めるな、この祈りむっちゃ効くからな。諦めるな、レイ〜」

「……うるさい黙れ!」とレイが一喝する。

「静かしてやれ。あれは座禅と言って精神を統一する時にやる所作だ。どうだ、俺、物知りだろ」


 モーラと言う男が自慢げに言った。




   × × ×


  


 レイの脳裏に故郷、ノースレオウィルの湖が浮かんだ。

 その静かな湖を前にレイは師匠と共に座禅を組んでいた。


「レイよ。考えるのは大事だがな、頭で考えすぎるな。迷いはやがて恐れとなる。腹の底にある、自分の芯、核とでも言うかな、そこに耳を傾けよ。そして、心静かに気を張り巡らすのだ。邪念を捨てよ」


 吸い込まれる様な静かな湖面に雨粒でも落ちたのか、小さな波紋が立った。




   × × ×




 暖かい暖炉のある部屋。

 柔らかな笑顔を讃えた祖母ヴェルが、自分の首にかけていた輝星石のペンダントを外し、幼いレイにかけた。そして「これがいつかレイを導いてくれるわ。だから迷っても心配しないで。強く、生きなさい」と言ってレイを優しく抱きしめた。




   × × ×




 静かに目を開けたレイは服の下から輝星石のペンダントを取り出した。淡い黄蘗(きはだ)の光を放つその輝星石を握りしめる。不思議と心が落ち着いていた。輝星石のおかげなのか、祖母の優しさのおかげなのか、師匠の言葉のおかげなのか、それとも、ノアのくれた暖かい炎のおかげなのか。それは分からなかったが、不安や迷いと言った邪念が消え去っていた。


「ヨシ!」と気合を入れ直した時、「クチャクチャクチャクチャ」と音が聞こえて来た。レイが横をみると、ノアがまたバナナを食べていた。


「ご、ごめん。全部食べちゃった。やっぱり欲しかった?」

「いらん。大丈夫だ」

「そう、良かった。ヨシ! 私もお腹いっぱい。100%の応援するから」

 

 レイがノアに向けて拳を突き出した。


「なに?」

「拳をくっつけるんだ。ノースレオウィルではそうやって思いを繋ぐ」

「そうか」


 ノアが拳をくっつける。


「レイが無事に勝ちます様に」

 

 レイはその言葉を聞いて微笑むと、勢いよく立ち上がった。

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