禁術の魔法 13/16
「へっへ、やっと俺の出番かい?」
ダイダスが片膝ついているモンペリに声をかけた。
「びっくりしたぜ、あいつが睡眠薬なんて言うからよ」ダイダスは自分の頬をさすり血をみて呟いた。「でも俺のには付いてなかったみたいだ。良かった。良かった」
「お前の相手はこっちだ!」
セイセルーが障壁の上部より声を発した。
「ハッ、知るかよ。俺は思えら二人のうちどちらかを殺ればいいんだ。目の前に倒れそうなウサギがいるのに。お前の相手なんかしてられるか」
グレーンが、モンペリの前まで走り込んだ。しかし腕からは相変わらず血が滴り落ち、顔色は真っ青でいまにも倒れそうであった。
「フッ、ウサギが2匹」
ダイダスは鎖を振り回し、ツーハンドソードを構えるグレーンを威嚇した。
「お前の相手は俺だー!!」
セイセルーはそう叫ぶと障壁上を急上昇した。
戦場を上から見下ろす形になる。シエンナ騎士のカーキ色の壁、その後ろに控えている部隊、小村マノ。反対には、蠢くトゥーバル兵の山。日光に照らされて遠くまでよく見渡せた。セイセルーは周りを見渡して遠くの森の蠢きを確認した。
「第2の風もきたよ、モンペリ」
そして、腕を広げ風を受けながら小村マノの方を見た。「今だ!」
レイたちは、遠くに見える魔法障壁にセイセルーが上がり、両手で風を受けているのを息を飲んで見守っていた。後ろではアルマーマが腕を広げ絶えず風を読んでいる。
「風が来たわ。……川風。ゆっくりだけど海風が後ろのテト川を上り流れ込んできた」
セイセルーが打ち合わせでかけてくれた言葉を思い出す。「君たちが活躍するのは、僕の魔法障壁が消える一瞬だ。風が変わっているはずだから、その風を戦場に頼むよアルマーマ」
アルマーマは静かに風を読んでいた。まだ弱い、生まれたての風の様だ。だけど、確実に風向きは変わり、追い風が吹き込んできていた。「アルマーマ、強引に風を押すんじゃなくて、優しく、でも力強く、励ます様に、風を撫でるの」姉パレルーマの言葉が頭の中に浮かぶ。
……分かってる。みんな頑張って!
アルマーマの前で盾を構えていたトーブとレイにも、風のうねりが感じられた。
「行くぜー!」セイセルーは自分の障壁にかけていた足を外すと、真っ逆さまに下へと落ちていった。周りにいる者たちには何が起きているのか分からなかった。ただ、黄色い光に包まれた人間が下へと落ちていったのが見てとれた、それと共に今まであった広間ほどの障壁が姿を消した。
小村マノの近くで待機していた兵たちも、トゥーバル兵の後ろで余裕を見せ楽しんでいたドランド将軍も、パイクを構え間近で対峙していたシエンナ騎士も、トゥーバルの傭兵も、皆がその一瞬に注目して動きを止めた。
ダイダスは自分に向け落ちてくるセイセルーを避けるために身構えた。鎖を当て寸での所で避けようとする余裕すらあった。「死ね!」その意志をもって、確実に鎖を投げつけた。ダイダスの感覚は研ぎ澄まされ、落ちてくるセイセルーがスローに見えるほどであった。まだ避けるには全然余裕があるはずだった。しかし、次の瞬間、鎖は飛ばずに跳ね返され、続けてダイダスも押し潰された。セイセルーの周りを囲っていた障壁が、下部にだけ引き伸ばされて、その底面に自分が押しつぶされていたのだ。
研ぎ澄まされた感覚のなか、もう逃げられないことだけ理解できた。
次の瞬間、ダイダスは潰れ、セイセルーは両側の障壁に足を突っ込み落ちるスピードを緩めると、静かに地面に降り立った。すぐに、モンペリ、グレーンの元で小さな障壁を張り直す。
「ハハ、僕の仕事は終わった」
障壁の中で尻もちをついて座るセイセルー。
「いや、まだか。皆の活躍をここで待たなきゃね」
周りのトゥーバル兵が障壁にパイクを突き立てるのを見ながらセイセルーは呟いた。
戦場に、両軍の角笛の音が鳴り響く。
トゥーバルの陣では、ドランド将軍がその巨体を震わせて「進軍せよ! シエンナの頭は落ちた! 蹴散らして進軍せよ!」と吠えた。その声と共にトゥーバルの兵が改めて隊列を組み直す。巨大な蛇の如くうごめくトゥーバル兵が、シエンナの盾を打ち砕くべくまさにいま襲い掛かろうとしていた。
しかし、すぐに動いたのはトゥーバル兵たちだけではなかった。シエンナの騎士たちはこの時を待っていたのだ。「魔法の障壁が消える時」と言うのが合図だった。綺麗に隊列を組んでいたパイク隊がすぐに行動を始め。その後ろに控えていた、炎の魔法使いが、トゥーバル兵との間に炎の壁を作り両軍の間に立ち塞がった。
そして、風が流れてきた。背中から相手に向かって、緩やかだが力強い風が吹く。明らかに風の流れが変わったのを皆が感じ取っていた。アルマーマが勢いづかせた風を、風の魔法使いパレルーマ、老翁の騎士カディフが戦場いっぱいに広げていく。
その風が、炎の壁をトゥーバル兵に押しつけたことから、トゥーバル兵の前線の隊列は壊れていった。
その様子を苦々しい表情で見ていたトゥーバルの総司令官ドランド将軍に、青白い顔に微笑みを浮かべたオレーヌ卿が進言した。
「所詮わるあがき。このまま軍を推し進めください。多少、前線の兵がやられても、突破さえすれば良いのです。いかにシエンナの壁が強固でも、この重量に耐え切れますまい」
「わかっておるわ」
「いくら向こうがあがいたところで無駄。トゥーバルの勝ちは見えております」
「シエンナの壁は薄い! 行けー崩せー!!」
ドランド将軍が発破をかける。
その時、今までとは違う方向から角笛と共に怒声が響き渡ってきた。