表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/88

禁術の魔法 9/16

 セイセルーはマントを外し綺麗に畳むと下に置いた。鎧はつけず、タイトなカーキ色のウプランド(ガウン形式の衣服)にオレンジ色のシエンナの紋章が映える。両手を結び、一言静かに詠唱すると、ゆっくりとその手を両側に開いた。次の瞬間、地面がうっすらと輝いたかと思うと、淡い光は空へと立ち上った。


「まったく人使いがあらいよ…… これでいいかい? これ以上は苦しいよ」


 セイセルーがモンペリを見て呟いた。

 モンペリが端まで行き手を触れると透明な障壁があった。シエンナの広間ほどある空間を確認する。


「十分だ。 ……保つか?」

「分からないね。だけどやるしかないでしょ」

「……すまないな。セイセルー、グレーン。この戦いは分が悪い」

「そんな言葉は聞きたくないね。それを何とかするのが我らがモンペリだろ!」

 

 モンペリは言葉を返す代わりに少し頬を緩めた。


「盾仲間も俺ら二人だけになっちまったんだ、勝って生きるよ。それでもダメなら死ぬときゃ一緒だ ……あ! あー、グレーンには悪いが……」

「いえ。シエンナのため、命をかけてここにいられることを誇りに思います」


 グレーンが静かにセイセルーに答えた。

 モンペリがグレーンの肩に手を置く。


「行くぞ!!」


 障壁の下部に小さな穴が4つあく。モンペリとグレーンが、そこにブーツの先を突っ込むと、その穴が上へと上がりそれに伴い、二人の体も上に持ち上げられていった。眼下に、間近に迫ったトゥーバルのパイク隊の、驚き、ざわついている姿が見える。


 ×  ×   ×

 

 シエンナ騎士団の中庭に、眩しい太陽が降り注いでいる。

 叙任式を経てシエンナのマントを初めて羽織った若き日のモンペリが歩いて来る。


「付けないのか?」


 中庭の椅子に座り、マントを抱え持ったままのセイセルーに声をかけた。


「僕は、このマントを付けてもいいんだろうか?」

「何を言っている。一緒に入団試験そして見習い期間を耐えたではないか」


 マントを置き立ち上がるセイセルー。両手を結んだあとゆっくりと開くと、微かにセイセルーの周りが輝き障壁に囲まれる。


「自分だけの身を守る。情けない魔法だ」

「……」

「おまけにこれで精一杯」


 魔法が切れ、崩れ込むように椅子に座るセイセルー。

 

「使いようだ」モンペリは静かに言った。

「?」

「私にその力を貸してくれ。私には必要だ」

「気休めはいいよ。僕のことは僕が一番わかってる」

「いや、私ならできる。だから貸してくれ。私は総長の元、このシエンナの地に本当の平和をもたらしたい。そのためにはセイセルー、君の力が必要なのだ」

「……オエッ、気持ち悪いセリフ言うなよ」


 セイセルーは立ち上がりマントを羽織った。


「でもまあ、モンペリが言うなら、なんかいいかなって思っちゃうんだよな。これが。不思議だなー」


 セイセルーはモンペリに向き合った。


「今はこんなだけど、安くないよ、僕の力は。……そして、それに見合うだけの力をつけるよ」


 ×  ×   ×


 障壁に近づいたトゥーバル兵が次々にぶつかり、さらに後ろから来たトゥーバル兵に押され潰れていく。ざわめき、そして悲鳴と共に「止まれー!」という声があちこちで響き渡る。


 障壁をかなりの高さまで上がったモンペリが、チラリと後方下を見ると、セイセルーは腕を組み静かに精神を統一させていた。……まったく、凄いやつだよお前は。ここまでくる為に一体どれほどの努力をしてきたのか。


 トゥーバル兵のパイク隊の隊列の中央が崩れていく。指揮官らしき屈強な男が、仕切りに「止まれー!」と叫び、何とか後ろからくる隊列を止めようとしていたが、横に、また縦に厚いトゥーバル兵のパイク隊を止めることは、すぐにはできなかった。


 やっと止まった頃には、セイセルーの張った広間ほどの空間だけ、切り取られたようにぽっかりと開いていた。そこにいたはずの兵士たちが、押しつぶされてうめき声をあげている。障壁の周りでは混乱が起きていた、皆事態が飲み込めず、ざわめきがさざなみのように広がった。それでも、かろうじて有能な指揮官が「動じるな! 隊列を組み直せ!!」と檄を飛ばして、障壁を回り込むように兵に命じていた。


「なかなか冷静な指揮官がいる」


 モンペリがその様子を見下ろしながら言い、そして「静まれー!!」と吠えた。


「我はシエンナ騎士団軍務長モンペリ、トゥバール兵に告ぐ、総司令官に要求を伝えたまえ」


 指揮官らしき男が上を見上げる。


「この要求を伝えぬ場合は、この崩れた隊列の中央に我が隊を突撃させる。すぐに返答を寄越したまえ! 混乱して頭が飛んだのでなければ、頭を使ってみろ、この崩れた隊列に我がシエンナの精鋭達が飛び込んだらどうなると思う」


 指揮官らしき男の目に、迫り来るシエンナの壁が見えた。隊列の崩れたところを突かれると、そこから総崩れになることもありうる。指揮官の男の目が険しくなり、苦々しく唇をかんだ。


「代表を選びたまえ! さもなくば退散することだ」


 モンペリが鋭い声で威嚇した。




 トゥーバル兵の最後尾には、豪華な鎧をつけた軍馬にまたがる総司令官ドランド将軍がいた。身長2mはゆうに超える威風堂々とした大男で、白い髭が混ざった長いあご髭を垂らし、開いた口は獣のように大きかった。


「何事だ!!」

「申し上げます。先ほど前線からの報告によりますと、障壁の魔法なるものにより、我が隊の隊列が激しく乱されてるとのこと、また、シエンナ騎士の軍務長が自らその場に立ち、要求を突きつけているとのことです」

「何だと」


 ドランドは鋭い目つきで、遠くに薄く輝く障壁を見た。そして中に浮くように立っている二人の騎士を。


「ほう、あれが禁術と謳われた障壁の魔法」


 隣にいる小柄なオレーヌ卿が呟いた。オレーヌ卿の顔色は悪く痩せこけた頬の間に鋭く尖った長い鼻があり、その顔は年老いた小動物を思わせた。


「それで、その男の要求はなんだ!」ドランドが唾を飛ばす。

「ハッ、一騎討ちを申し込んでいるとの事です」

「一騎討ちだと」

「はい。シエンナ屈指の剣豪グレーンに戦いを挑む勇敢な騎士はトゥーバルにいるかと申しております」

「ホホウ」


 ドランドは髭をしごきながらニヤリとした。


「いけませんよドランド将軍。無視すれば良いのです。返事を遅らし、その間に隊列を立て直せば、多少兵の損害は大きくなるかもしれませんが、大勢に何の問題もごさいません。シエンナの総司令官のしていることはおろかな蛮勇。まさに『匹夫(ひっぷ)の勇』。ここは冷静に」

「わしはいつでも冷静だ!」

「さようでございますか。またてっきり将軍自ら喜び勇んで行かれるかと」

「フン。行っても良いがな。まあ、今はやめておこう。おい、バゼル、お前行ってこい」


 ドランドに負けぬほどの大男がすぐに駆け寄ってきてひざまずいた。木の幹のように太い腕と脚。腰のベルトには恐ろしく重そうな剣が下がっていた。


「いけません。バゼルは将軍の護衛。こちらが手薄になります。相手にすることはございません」

「良い良い。あれっぽっちの軍勢でここまで来れるわけなかろう。よい余興じゃ。それから、黒蛇のダイダスと隻眼のザムを連れていけ」

「何をおっしゃいますか!」

「よい。腕はたしかだ。そして3対3を申し出ろ。二人には、敵の軍務長と魔法使いを始末できれば、今までの罪を恩赦してやると伝えろ。フッ、シエンナの小僧を笑いもんにしてやる。『ヘビの頭を潰せばヘビ全体が死ぬ』ここでシエンナの騎士の頭を叩き一気に攻め上がるぞ」

「しかし……」

「黙れオレーヌ。いままでお前の慎重すぎる戦略に付き合ったが、正直うんざりだ。1ケ月も経ってまだここまでしか進軍できておらん。今日一気に形をつけてやる!」

「……」

「もっと近くまで行くぞ!」


 ドランドは馬をゆっくりと前線へと進ませた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ