禁術の魔法 6/16
1日馬を歩かせ、陽がかげり小隊の影が道に落ちた頃、小村マノが見えてきた。丘の間を流れるテト河を渡り村に入る。軍事拠点として回りには塹壕が掘られ、鋭利な枝が敵陣に向かって並べられていたが、とても強固な守りとは言い難かった。
村の脇には野営のテントが並べて作られており、多分そこが傭兵の兵舎となっているのだろうとレイは思った。村の中ではシエンナの騎士が忙しなく動いており、レイたちも着いてすぐ明日の準備にとりかかる。馬車から5mはあろうかという長槍のパイクを大量に下ろす。明日、傭兵、そしてシエンナ騎士の一部は、このパイクを持ち、隊列を組んで敵陣に当たるのだ。プッシュ・オブ・パイク。もちろん敵も同じようにパイク隊を作ってくるだろう。数で劣るこちらは圧倒的に不利だ。
……やはり避けられぬのか、と明日の戦闘準備を進めながらレイは改めて感じていた。
あらかた荷物を運び終わった時にトーブがレイの元に相談に来た。それは、アルマーマ班長から『明日は他の魔法使いと同じように、最前線に出てパイク隊の援護をする』と伝えられたのだという。
「トーブはどう思ってるんだ」レイは静かにトーブに聞いた。
「わからねえ。……俺は、アルマーマ班長の焦りもよくわかるんだ。自分を認めてもらえず置いていかれる。今の俺もそうさ、俺らは魔法使いに数えられてねえ。……いや、今だけじゃねえ。俺は今までだってずっと劣等生だった。だから、アルマーマ班長の気持ちは痛いほどわかる。認められたいんだよ」
トーブは一度言葉を切ったあと、レイに向き直った。
「だが、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。俺だってそれぐらいわかるよ」
「トーブのその思いを、そのまま伝えればいいじゃないか」
「……」
「できないか?」
「……いや。やるよ。そうだな言うしかないな。嫌われちまうけど」
「一緒にいくよ」
「ありがとう、ノアも呼んでくれ。4人で一つだ」
建物の影で、沈んだ顔のアルマーマにトーブが話す。レイとノアは後ろで見守った。
「たとえアルマーマ班長の言葉でも勝手な行動はできない。明日は自分達に課せられた仕事を……」
「どうせ死ぬのよ」
トーブの言葉を遮るようにアルマーマが言った。
「どうせ死ぬんだわ。だったら私も…… 死ぬ前に少しでも……」
「俺が守ります。俺が護衛を、だから」
「無理よ。そんな」
「それでも、……俺が無理ならレイが、ノアが、俺たちは4人でチームなんです」
「……」
「アルマーマ班長にとって、この戦いの意味は何ですか?」
「意味って」
「死ぬ前に少しでも…… の後に続く言葉はなんですか?」
「……」
「うるさい! どうせ分かんないわよ私の気持ちなんて。相手にされない私のことなんか」
トーブが目を背けたアルマーマの顔を覗き込んだ。
「わかりますよ。俺」
「あなたと一緒にされたくない。私は違うの!」
「……」
レイがトーブの肩をもち、口を開いた。
「『風は気まぐれ、明日にはまた違う風が吹き評価が変わる。だから今はじっと待つ。いい風が吹くまで、じっと』俺の知っている風使いはそう言ってました」
× × ×
レイの脳裏に一瞬昔の記憶がよみがえった。魔法の施設の片隅で傷だらけになり、汚れたレイが泣いている。その隣、やはり泥だらけのフロンテが座っている。黒髪のフロンテが、下からフワッと優しい風を吹かし、レイの顔を上げさせた。
「待とうよ。一緒に」と自分の髪もフワッと浮かせ笑いかけるフロンテ。
× × ×
レイがトーブの脇腹をつつく。
「一緒に、待ちます!」とトーブ。
「もちろん、俺達も」レイが付け加えた。そして「なあ、ノア」とノアに呼びかける。
「あ、ああ。もちろん」
アルマーマの返事はなかった。
トーブが一歩前にでて片膝をたてひざまづいた。
「いい風は来ます。必ず来ます。だから、今は風をつかむ準備を全力で。それまで、俺は、アルマーマ班長、護衛の騎士として命を捧げます」
と頭を下げた。
その時、不意に周りが騒がしくなり人が行き交った。「来たぞー!」「援軍だ」「モンペリ軍務長たちが来た!!」と言う声が響き渡る。
建物の影からレイ達が出ると、中央の小さな広場に、漆黒の馬に乗ったモンペリ軍務長を先頭に、百騎あまりの正装したシエンナ騎士団が入ってきた。騎士団の体、馬から白い湯気が立ち上り熱気が周りを包み込む。
「皆のもの待たせたな。我らはシエンナの騎士! このシエンナの地で暮らす、シエンナの人々を守るための騎士だ。明日の戦いに全てをかけよ。引くな! 守り抜け! そして生きよ! 我はそのために来た。共に戦うぞ!」
剣を振り上げ叫ぶモンペリ軍務長の声に、周りのみなが「オオーー!!」と反応し、地響きの如く歓声が沸き起こった。
「もしかしたら、いい風が……」
ノアが呟いて隣のレイを見た。




