禁術の魔法 4/16
夜は薄緑豆のスープとライ麦パン、そして半分のリンゴがでた。品数はこれだけだったが、スープは豆の他、玉ねぎ、セロリ、ジャガイモ、ソーセージと具沢山で美味しく十分お腹を満たすことができた。皆、静かに平らげていく。レイは半分のリンゴを見つめ、イーリアに来る前のことを考えていた。
× × ×
「アルマーマ班長! 今日は何の訓練をしましょう」
シエンナの中庭に元気なトーブの声が響いた。
「もう、うるさい!」
木陰に座り、本を読んでいるアルマーマ。その前にトーブを先頭に、レイ、ノアが立った。ラウドの森での一件のあと、新しい班長としてアルマーマの下についたのだが、数日間これといった訓練らしい訓練は行っていなかった。アルマーマに訓練のする気がないのは、着膨れした格好をみれば一目瞭然であった。
「適当になにかしてなさいよ」
「班長はやらないのですか?」とレイ。
「やる訳ないでしょ。私は風の魔法使いだから、そんなことやらないわよ」
「しかし……」
「午前中の見回りはこなしたでしょ。あーあ、何で私まで見回りしなきゃ行けないの? 訳分かんないわ」
「人がいないんです。皆、テト地区に行ってますので」
「分かってるわよ! そうじゃなくて、何で私がシエンナに残って見回りなのよ。私を前線に連れてきなさいよ。って言ってんの! ……また、どうせお姉さんのせいね」
ノアが「力がないからじゃないですか」とポツリと言った。
「なんですって!」アルマーマが身を起こす。
「あ、いや、風の魔法をよく知らないので。気を悪くさせたのなら、ごめ……」
とノアが言い終えるより早く、「パン!」とノアの肩当てから弾けた音が響いた。ノアは肩を押さえて、そのまま2、3歩後ずさったかと思うと、今度は素早く横に飛んだ。遅れて「トスッ」「トスッ」という音が遠くの地面から聞こえてくる。
「へー、避けるなんてね。やるじゃん」
アルマーマが指先をノアに向けながら言った。指先から風が発射されたようだった。そして、立ち上がると「風の魔法ほど、戦場で役にたつ魔法はないんだから。ふざけた事言わないで!」と言い空をみた。アルマーマは呼吸を整えると、小さな詠唱を囁き両手を広げた。そして寒空の中を飛んでいた風を束ね、つかみ木にぶつけたように見えた。
一呼吸置いたあと「ゴゴー」という音とともに樹木が揺れ、黄色い木の葉が舞上がる。
「おおー」とトーブが感嘆の声を上げる。
ノアが素早く樹木の方に走っていく。
「どうした? ノア」レイが声をかける。
ノアは地面に転がったリンゴを拾っていた。
「あの上の方にあった、取れなかったリンゴが取れたんだ」
それを見ていたアルマーマは「疲れたから宿舎にもどるわ」と言うと、スタスタと歩いて行った。その後をトーブが追っていく。
「アルマーマ班長さすがです。俺と魔法の訓練をしませんか? 見てください俺の魔法も」
そう言って火炎放射を出して見せるトーブ。
「小さい! 細い! しょぼい!」
「えっ?」
「他に何か出せないの炎の竜巻出すとか、ファイヤーウォール出すとか?」
「教えてください!」
「知らないわよ。私炎じゃないし。カディフ様におそわんなさいよ」
「え、あの、おじいちゃんですか?」
トーブはアルマーマの後を追って建物の影に消えた。
「レイ、はいリンゴ」
とノアが持ってきたリンゴをレイに渡す。
「風の魔法か……」
「大した事ないね」
ノアはリンゴにかぶりつきながら答えた。
「……強がりか?」
「風を操るのはうまいよ。だけど魔法を使うための力、ほら、以前私が言ったでしょ、精神力、生命力を変えて魔法を使うって」
「ああ」
「その魔力が弱すぎる。トーブ以下だよ。だから、連続して使えない」
「そうか。そうなのか」
「もったいない。なまけてるから……レイ、リンゴうまいよ。食ったら」
「ああ。……ま、確かに戦場で使うのは難しいかもな。風の魔法は環境に影響を受けやすいから」
「? どういうこと?」
「ほら、いま風がこっち向きに吹いてるだろ、だからその方向にバン!だ。風向きに逆らって使えない。無風ならほとんど役に立たない。気まぐれだと聞いている」
「レイ。よく知ってるね」
「ああ、魔法の施設にいたからな。風を使う子がいた。俺と一緒の落ちこぼれでね。でも、たどたどしい風の魔法をよく見せてくれたよ。慰めがわりに」
「へえ、優しいね」
「ああ、施設の中で優しく接してくれたのはその子だけだ。フロンテという」
そう言うとレイは、りんごにかぶりついた。
「……子? ……フロンテ ……女、の子」
「ああ」
「ふーん」と言ってノアもリンゴにかぶりついた。
× × ×
それからすぐに、テト地区の援軍としてイーリアに行くことを言い渡されたのだが、こんなにすぐ前線へ行くことになるとは…… アルマーマ班長とはまだうまくコミュニケーションできないし……
暗い兵舎の中で寝付けぬレイは何度も寝返りを打ったが、やがて静かに起きた。
兵舎を出て建物の脇で細い月を眺めた。
「レイ、寝なよ」
振り向くとノアがいた。