特別任務 10/15
ラクフに飛び掛かっていたディックに避ける術はなかった。ブロードソードを持った両手を前にクロスするが、諸に炎を浴びる。
「クソッ。失敗った! レイ、盾を取れ」
「ハーハッハッ、間抜けが」
ディックは後退り「ウォー」と呻きながら、必死で砂を体にかけるが、体にまとわりついた火の勢いは一向に弱まらない。すぐに、トーブ、ノアそして反対にいたレイまでが駆け寄ろうとするが、「来るな! 来るんじゃねぇー」とディックが必死に叫んだ。
その瞬間レイの足元に、ギリシア火が飛んできた。レイは、かろうじて避けて後ずさったが、地面の上に激しい炎を上げる火の池が出来上がっていた。
「チッ」とラクフが舌打ちをして、次の一撃を放とうと身構える。
その隙にノアとトーブが、ディックの元に走った。
トーブが付けていたマントを外し、そのマントでディックの炎を叩き始めた。
ノアは木に登る時にマントを外していたので、「水、水」と叫びながら馬にある水袋まで走った。「ノア。水はダメだ。砂だ、砂をかけろ!」とトーブが叫ぶ。
「ウォー、グゥー」と声を漏らしディックは地面を転げ回った。
「この炎は消えねーぜ。終わりだ、ハッハッ」
ラクフがレイを見据えながら嘲笑うような声をあげた。
「トーブ撤退しろ! ここは、お、俺が止める。早く行けー!」
地面を転げ回りディックが声を絞り出す。
「……ディック!!」
とトーブが必死にマントで叩き火を消そうとするが一向に消えない。
「命令だ。行けーーー!」
絶叫のような雄叫びを上げながらディックが立ち上がった。
「戻って報告するんだ。行け!!」
ラクフが「黙れ、行かすかよ」と言って一歩前に出たところでピタッと止まった。その顔先を高速のダガーナイフが飛んでいき頬を掠めた。見るとディックが燃えながらも、ダガーナイフ投げた左手を上げ仁王立ちになり固まっていた。
「この死に損ないが!」
ラクフが頬から滴る血を手の甲で拭きながら、うなるように言った。
レイが隙を見てラクフとの間合いを詰めたが、ラクフの腕から円弧を描くように炎が放射され飛び退いた。
「レイ、トーブを、トーブを、え、援護、しろ。退けー!」
ディックが声を振り絞って叫んだ。立ってはいるもののその弱々しい声が、ディックがもう長く持ちそうにない事を物語っていた。ディックの左手の指が微かに動く。「行け! 死ぬな!」と震えながら動いていた。
レイは歯を食いしばり、「トーブ行け! 行くんだ!」と言葉を絞り出すと、トーブの元に駆けた。トーブは深く俯いたあと、全てを振り切るかの如く勢いを付けて馬に向かった。
「待ちやがれ!」
走り寄ろうとするラクフの前にノアが立ち塞がる。ラクフがノアにギリシア火の狙いを定めた瞬間、トーブから放たれた火柱がラクフを襲う。慌ててギリシア火を放つ兵器を引っ込め後ずさるラクフ。
トーブは馬に飛び乗ると「クソッ!」と呟いて馬を走らせた。
「逃すか!」とラクフは後ろに戻ると、待機させていた馬に飛び乗った。そして急いで追いかけようとした瞬間、馬がいなないてラクフは振り落とされた。見ると、馬の前腿にダガーナイフが深々と突き刺さっていた。
ラクフが顔を上げると、ディックの右手が水平の場所まで上がっていた。
「あいつ……」
ディックは「こ、れ、まで、……か」と声を漏らしその場に崩れ落ちた。必死に耐え続けた焼ける体の痛みが不意に遠くなり、目の前が暗くなっていった。
……ソル、ト、すまん。
× × ×




