特別任務 7/15
ラウドの森には朝靄が立ちこめ、地面の落ち葉はしっとりと濡れていた。時折差す光の筋が幻想的な美しい空間を作り出し、とてもここで残虐な事件が起こったとは思えなかった。4人はいつデーモンベアが出て来てもいいように警戒をしながら、ディックを先頭に馬を進ませていた。
午前中は街道沿いを走り、商隊が襲われた場所をいくつか通り過ぎたが、極々ふつうのありふれた道でこれといった特徴は何もなかった。丸太小屋に着くと、昨日夜警をしていた体格の良い4人の騎士出て来た。疲れた顔で浮かない顔をしている。無精髭を生やし赤い目をしたカーディと名乗る男が言った。
「昨日はここから西のルートを夜警したが、やつは出なかった。だが、何度も咆哮が聞こえて、正直生きた心地がしなかったぜ」
「そうですか」とディック。
カーディがディックに耳打ちする。
「……ディック。やけに若い3人だが。大丈夫か?」
「大丈夫です。俺たちで仕留めますよ」
「……そうか、それでは俺たちは戻るよ。明日はまた別の班のやつがここに来る」
そう言うと、4人の騎士たちは「期待してるぜ」と言葉を残し去っていった。
「さて、いよいよだな。夜に向けて小屋の中で準備をするぞ」
ディックはそう言うと小屋の扉を静かに開けた。
夜までの間にフォーメーションの確認を行なった。トーブは火炎放射の距離を確認しながら皆の後ろからどのように援護射撃ができるかを確認した。ノアはクロスボウでの射撃を、隠れた位置や、ディック、レイの後ろから素早く移動しながら淀みなく行なった。
それを見てレイは確かにディックの言うように心強い二人だと改めて感じていた。そして、それに比べて俺は…… とレイはデイックの横で盾を並べながら不甲斐なく思った。レイの役目はディックと共に壁になること、そして隙をみてナイフを投げつけると言うものだ。
レイは盾を構えて、目の前の空間にナイフを投げた。
「レイ、もっとしっかり敵を想像しろ」
ナイフを拾いに行ったレイにディックが指文字でジェスチャーを送る。
(壁になるのが最も危険な仕事。お前の筋力が必要だ。自信を持て。レスリングをした俺が保証する)
レイは、ディックのジェスチャーにハッとし自分の両頬を思いっきり叩いた。
……つまらん事を考えるな! 集中だ集中。
目の前にそびえる怪物をイメージし、レイは自分の役割に集中した。
夕日は瞬く間に沈み、森を深い闇が支配した。気温がグッと下がったことを、白い吐息が実感させる。ランタンの炎で道を照らしながら、馬をゆっくり走らせ、山の方へと向かう北側の道を慎重に進んでいった。誰も口を聞かず、静かに聞こえる馬の蹄の音も、深い闇の中に溶け込んでいった。どれぐらいの時間進んだか分からなくなった頃、少し開けた広場へとでた。
「良し。馬を少し休ませる」
ディックはそう言うと馬をおりた。レイとノアが新しいランタンに灯りをつける。
「かなり冷えたな。少し暖を取ろう」
ディックは脇にあった焚き火のあとに近づいた。そしてしばらくそのまま眺めていた。
「どうした?」とトーブが訊く。
ディックが炭になった木を足で蹴飛ばしどかす。レイとノアも近づいた。
「まだ新しい。……濡れている」
「なに?」
とトーブも駆けてくる。
「バケモンが近くにいるのか?」
「いや。ちゃんと水をかけ消してある。慌てて奴がでたから逃げたわけではないようだ。ただ、今は夜に商隊が入ってこれないように森の街道を封鎖している」
「……」
しばらく思案したあと「どういうことだ?」とトーブが言うと同時に街道の向こうから轟くような咆哮が聞こえて来た。一斉に振り返ると闇と同化した塊が蠢いているのがわかった。
「レイ盾になれ、ノア後ろの木に登り、狙えそうな所を狙え」
ディックが言うのが早いか、気がつくと闇の塊が咆哮あげながら突進してくるのがわかった。早い! そしてデカい! とても熊とは思えぬデカさだ。ディックは、嫌なポジションを取られたと思った。怪物のいる位置の方がわずかに高い。勢いをつけて上から襲い掛かられる形になる。それでも不幸中の幸はここが広場であったこと。化け物の存在に遠くから気づくことができた。これが街道でいきなり横から襲われたらと思うとゾッとした。
「止まれ!!」
と叫びトーブがディック達の横から火炎放射を放ち動きを止めようとした。「まだ早い」とディックが言うのと同時に、怪物は横に回り込むような形で炎を避けながら怯まず突進して来た。
炎に照らされたその巨体は、熊とも狼とも言えぬ異形をしており、血走った赤い目がギョロリとこちらを見据えていた。
「クソッ! 止まらねえ」
トーブの前で立ち上がったその怪物が異様にながい腕をムチのように振り上げる。その巨体がトーブに覆いかぶさるように崩れ落ちて来た。トーブの視界がその歪んだ異形で覆い尽くされる。
……ダメだ避けられねえ! トーブがそう思って怯んだ瞬間。体が横に跳ね飛ばされた。
盾を構えトーブを吹き飛ばしたディックが「おおおーー!」と雄叫びをあげ怪物の一撃を受け止める。ガツっと爪が盾にあたる鋭い音が響いて、後ろに押し込まれはしたが、それでも足を踏ん張り受け切った。
レイはハッと気付き、遅れを取ったことを恥じた。ディックの横に飛び込むと同時に凄まじい一撃が盾に振り下ろされ、押し潰されそうな衝撃が走った。
……耐える!!!
「トーブ立て直せ! 攻撃は止めるーー!!」
ディックが2撃目の攻撃を受けながら叫んだ。




