特別任務 6/15
その後、農園の中庭にて実際のフォーメーション確認を行なった。ディックは荷物から小さなクロスボウを取り出しながら話を始めた。
「シエンナの毒は強力で、人間ならばかすり傷を負わすだけでも十分効果があるが、相手は化け物だ、どれぐらい効くか、また効くまでの時間がどれぐらいかかるのか見当がつかん。そこで、まずはこのクロスボウで、毒矢を打ち込みたい。クロスボウの経験がある奴はいるか?」
ノアが手を挙げた。
「私、ボウガンで魚取ってました」
「そうか。じゃ、ちょっと、あの木を撃ってみろ」
そう言ってディックがノアにクロスボウを渡した。
「射程距離は15mほど。それ程威力は強くない。だが毒矢用なのでそれで十分だ」
ノアはディックの話を訊きながら木に向け矢を放った。矢は一直線に飛んでいき幹の中心に突き刺さった。
「よし。それではあの矢に当てろ!」
「エッ……はい」
ノアは一瞬驚いたものの、すぐにクロスボウを構え2投目を放った。矢は先ほどの矢の隣1cmほどのところに突き刺さった。
「次は、動きながらだ」
ノアは少し離れた所から走ってくると回転して飛び込み、流れるように膝をついて狙いを定めた。放たれた矢はまた1cmほど隣に突き刺さった。レイとトーブの口から「おー」という声が漏れた。
「よし、いいだろう。この役目はノアに任せる」
「はい。……しかし、ディック班長でなくていいのですか?」
ディックは太ももに手を置いたかと思うと、次の瞬間にはダガーナイフを放っていた。鈍い音を立てて木の幹に突き刺さる。その1投はノアが放った矢を見事に撃ち抜いていた。
「俺はこちらの方が合っている」
3人の口から「おー」という声が上がった。
「アヌシビ様からもらったのは、死の羽を各自1本。そして毒矢が3本だ。これで仕留めるぞ」
「はい!」
コーブ農園からの道は小高い丘をいくつも越えて続いていた。半日も進んだ頃、遠くに雪化粧をした山々が見え始め、その麓に広大な森林が広がっているのが分かった。東の大街道から脇道に入りその森林へと向かうと、やがて石造りの建物が密集したカルハイムの街が見えて来た。
「あれだ」とディックが皆に告げた。
レイは山を背にした広大な森林の出現に身が引き締まった。かつて似たような場所で傭兵の仕事をした時に、熊退治に駆り出されたことがあったのだ。その時は十数人もの手練れで向かい退治したが、その圧倒的なパワーと凶暴さから、こちらにも多数の負傷者がでたのを思い出した。幸いにもレイは後方支援で、その時は怪我をしなかったが、肉が削げ落ちた負傷者の痛々しい姿が脳裏に焼き付いていた。
「ノアは熊退治をしたことはあるか?」
「ないよ。というか熊よく知らない。私、南の海辺出身だし」
「そうか。侮るなよ。あのパワーはまさに化け物」
トーブが近づいて来て自信ありげに「俺に任せろ!」と言ってきた。
「獣なんて目じゃねえ。俺の炎でやっつけてやるよ」
そういうと、右手の平で炎を燻らした。
カルハイムの街は、シエンナ城塞都市のオレンジ色と見比べると、なんとも薄暗く地味に見えた。しかし、夕暮れの街中に入るとその印象は一変した。夕食なのかシチューか何かの良い香りがただよい、窓や戸口から漏れる光は明るく、こぼれる湯気はとても暖かな雰囲気を作り出していた。どことなくノースレオウィルに似ているとレイは思った。
中央に走る敷石の通りをゆっくり馬を歩ませると、10分ほどで街の端にあるシエンナ騎士団の詰所までたどりついた。詰所の中には3名の騎士しかいない。二人は濃い髭が特徴的な年配の騎士で、もう一人はゆったりとチュニックを着ている恰幅の良い女性だった。簡単な挨拶を済ませ、食堂兼、会議室のような場所で現状報告を受ける。丸いアーチ状の暖炉の中で木がはぜた。
「4人だけか?」
カルハイム隊の隊長と紹介されたブレスという男が訊いてきた。
「そうです」とディック。
ブレスという男は深いため息をついた。
「ルドンとワールがやられたのは訊いてるな」
「ええ。容態はどうですか」
「ルドンは死んだ。ワールも重体だ。病院にいるが……」
ブレスは手を振ると悲しそうな顔をした。
「気をつけろ。普通の熊じゃない。ワールが言うには背丈はゆうに4m、そして腕が熊にしては異様に長かったそうだ」
「分かりました。では、さっそく」
「まあ待てディック。今日はゆっくり休め。体力勝負だ。この広いラウドの森を捜索せねばならん」
「……はい」
「今晩は2つの班が捜索をおこなっておる。普段2名1組のところ4名にしているから、そう広くは探せんが地道にやっていくしかあるまい」
その後はラウドの森の地図を見ながら説明を受けた。山の麓にひろがる広大な森林。とても1日2日で回れるような広さではなかった。明日は街道沿いを警備しながら、森の中にある小屋を目指し、晩にそこからいくつかの出没地点に行くこととなった。薄明薄暮性のこの辺の他の熊と違い真夜中に活動を行なっているらしい。
「ディック、もう少し騎士をつけるか。二人ぐらいならここからも騎士を出せるだろう」
「いえ。大丈夫です。こいつらは優秀なんで」
「……そうか」
その晩は、温かいシチューをいただき早めの就寝となった。
早朝まだ暗いうちに目が覚めたレイは、夜警から戻って来た騎士が「ディックかー」「ディックを班長に4人だけだってよ。どんなけ人材不足なんだよ」と言うのを訊いてしまった。レイは胸が悪くなり苦苦しく目をつぶった。




