特別任務 4 / 15
次の日の訓練から、何かにつけてディックと勝負をすることになった。ある時はソード&バックラーで。これはレイの方が技量が上なのだが、ディックが負けを認めず延々と試合を続けることとなった。またある時はダガーナイフでの試合を行った。これは圧倒的にディックが上で、レイはダガーナイフの両手持ちなどを教えてもらった。
レイは訓練が終わった後、よく一人で自主的にブルズブートキャンプを行ったが、これにもディックは勝負を挑んできた。地獄コース、天国コースと必死についてきていたディックだったが、輪廻転生コースのぶら下がり腹筋でとうとう力尽きた。それでも負けは認めず、「まだ終わってねー」と叫んでいた。
激しいトレーニングをして体の動かなくなった頃には、ディックがレイに指文字の指導を行った。広間に寝転び、指だけをそっと動かす。
「デカい。もっと小さくだ」
「こうか?」
とレイがぎこちなく返す。
「もっと小さく自然にだ。秘密裏にやるためのものなんだからな。いいか、よく見ろよ」
そう言うとディックが、微かにうごかし。
「言ってみろ」
「……でぃ、く、さ、い、きょ、う」
「最初の文字は『ディック』だ」
「……」
「今は人手不足でここにいるが、俺は隠密部隊所属だからな。最初にこれを嫌と言うほど叩き込まれた。せっかくだからお前にも叩き込んでやるよ」
それから体の動かない時は指文字の特訓が始まった。
「ひとつ、ひとつ丁寧にやれ。早さはそのうちついてくる。ほら、これは何て言ってる?」
「せ、ん、せ、い、あ、り、が、と、う」
「そうだ、俺はお前の上官でもあり先生だ。師匠といってもいい。ハハハハハ」
「……」
そんな日々がしばらく続いたあと、警備部隊の待機場所にレイと同じ年頃の男がやってきた。前髪からサイドに丸みを帯びたシルエットの髪型、鼻筋が通った顔は優しく品のあるように見えた。チュニック姿のラフな格好だが、どこかで見たような気もする。
「レイさんですか?」
「ええ」
「ディックはいますか?」
ディックがすぐに奥から顔を出した。
「なんだ呼んだか?」
「ああ、兄さん」
「ソルトか。どうしたこんな所まで」
「アヌシビ様が連れて来いって。特別任務だってさ」
ディックはゆっくりこちらに近づきながら大きく息を吸い込んだ。そして「すまんな、せっかく先生になってやったのに。俺は行かねばならん」と言ってレイの肩に手を置いた。
「レイさんもです」とソルトがすかさず告げた。
「そうか、レイもか。じゃ、行くか」
そう言うと、ディックは足速に中央棟の方へと歩いて行った。
「行きましょうか」
レイはソルトと言われていた男の後に続いた。
「めんどくさいでしょ兄貴は」
「えっ?」
「ああ、自分はソルト、ディックの弟です」
ああ、なるほど。どことなくディックと面影が似ているとレイは納得した。
「必ず人のうえに立とうとする」
「……」
「でも許してやってください。あんな感じですが、悪い兄貴じゃないんですよ」
「許すもなにも……いろいろ教えてもらって感謝してます」
「そうですか。よかった。レイさんみたいな人がいて。この前、兄貴が言ってましたよ、レイさんはいいやつだって」
「……」
「兄貴に付き合ってあげてるだけでいい人だってわかりますけどね。ハハ、たいていの人は煙たがって嫌な顔するから。……でも、悪い兄貴じゃないんですよ」
ソルトは歩みを進めながら自分に言い聞かせてるかのように喋り始めた。
「俺たちは貧しい家の出で捨て子なんです。……いや、間違いました。捨て子は俺で、兄貴はそんな俺を心配してついてきちゃたんです。他にも兄は多かったんですが、ディック以外の兄貴は酷かった。だから人の上に立とうする。立っていろんなものを守ろうとするんです」
そこでソルトは我に返ったかのように振り返った。
「すみません。初対面なのにこんなこと話して。兄貴が、人のこといい奴だっていうことなんて初めてなもんでつい……」
「いえ……」
レイはここ数日のディックとの訓練を思い出していた。ソルトの言うように、いつも上に立とうとはするものの、指導はちゃんと行い訓練は全力で取り組んでくれた。先生、上官という感じではなかったが、先輩として十分申し分ないと思っていた。
「いいお兄さんですね」
「そう言ってもらえると俺も嬉しい」
ソルトは頭を掻きながらそそくさと歩いて行った。
石造りの壁に囲まれた簡素な部屋に入る。壁にかけられた大きな地図を背にアヌシビとヴィベールが座っていた。テーブルを挟んで手前にノアとトーブが立っていた。
「おおきたか」
ヴィベールが白髪を撫でながら立ち上がる。
「ディック、レイ、ノア、トーブ。4人にはこれから特別任務についてもらう」
一人ずつをじっくり見ながら、ヴィベールが力をこめて告げた。




