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特別任務 1 / 15

 叙任式の頃には緑の生い茂っていた中庭も、すっかり葉を落とし寂しい景色を見せていた。冷え込む朝。曇天の空は低くたれこめ、乾いた空気が吹き(すさ)ぶ。レイは首にノースレオウィルの長いストールを巻きつけ、中庭の脇の道を足速に歩いていた。


 シエンナ騎士となり3ケ月がすぎていた。レイは日々の務めを果たしながら休みの日に図書館へと通い、ノースレオウィルのこと、伝説の魔法使いウィルのこと、そして禁術の魔法メテオストライクのことを調べる日々が続いていた。


 シエンナの図書館は城塞都市のほぼ中央に位置している。荘厳な教会のような外観に威圧感があるが、中に入ると高い天井の明かり窓から淡い光の筋が降り注ぎ、ずらりと並ぶアーチ状の白石の梁を包む、あたたくて心地よい空間が作り出されていた。


 レイはいつもの席に腰掛けて選んだ書物のページを静かにめくった。ノースレオウィルのことが書かれた書物が数冊、魔法使いウィルのことが書かれた書物が2冊あったが、大したことは書かれていなかった。残念な事に禁術メテオストライクに書かれた書物はなく、またウィルの話もレイの知ってる昔話程度のものであった。


 それでも、レイは挿絵入りで書かれた魔法使いウィルの昔話を読むのが好きだった。ページを捲るたびに、アーモンドのようなインクの香りが微かに漂い心を落ち着かせてくれた。その安らぎに昔を思い出す。


   × × ×


 まだ小さなレイが、暖炉の前の椅子に座っていた祖母に寄りかかっていた。暖炉では暖かい火がパチパチとおどり、床にはふかふかの絨毯が敷かれていた。 


「ねえ、おばあちゃん。魔法使いウィルの話をしてよ」

「レイは本当に好きね」

「だって、その話をしている時のおばあちゃん。何だか嬉しそうなんだもの。どうして?」


 祖母は一瞬おどろた顔をしたあと、優しく笑うとレイを見つめた。


「そうね。なんででしょうね。フフ。……きっと、私のおばあちゃんも、そのまたおばあちゃんも、ずっとずっと、優しくウィルのお話を伝えてくれたからかしらね」

「ふーん。……ねえ、じゃあ、ぼく、ウィルみたいな魔法使いになるよ。そうしたら、おばあちゃん嬉しい?」


 祖母は静かにレイの頭を撫でた。


「レイはレイのままで十分。おばあちゃんは、それだけで嬉しいわ」

「えー、僕も、魔法で星を降らせて悪い奴をやっつけるんだ」


 祖母は驚いた顔で、レイを見つめた。


「そんなことに魔法を使っちゃダメよ」

「えー、どうして? だってウィルは魔法を使ってみんなを救ったんでしょ? メテオストライクって魔法でしょ?」

「そうね。でも、使わなかったのよ」

「え、どういうこと?」

「本当に強い人はね。そんなことに魔法を使ったりしないのよ。ウィルは本当に強い人だったのよ」

「うーん。分かんないな」

「そうね、ちょっと難しいわね」

「でも、僕、ウィルのように強くなるよ。そしてみんなを救うんだ」

 

 祖母はそっとレイを引き寄せ抱きしめた。


   × × ×


 日が暮れる頃、騎士団の領内に戻り食堂に行くと、トーブとモーラが食事をとっていた。相変わらず、おかずを山盛り盛ってもらっているモーラだったが、その姿は以前と比べものにならないほどスッキリとしていた。見習いの訓練で17kg、さらにこの3ケ月で20kg体重が落ちたそうだ。たるんだお腹がなくなり100kgを切って引き締まった体付きは、あのテト地区の副長官、怪物グレーンを思い出させる程になっていた。


「レイ、今日は鳥の串焼きだぞ。美味いぞ」


 そう言ってモーラが串焼きにかぶりつく。


「で、どうだったい今日の調べものは?」


 とトーブが向いの席についたレイに訊いた。


「変わらずさ、特に何もなかったよ」

「そうか」


 トーブやモーラには、魔法使いウィルに関していろいろ知りたくて図書館へ出向いていることを話していた。禁術メテオストライクのことは話せなかったが……


 トーブが身を乗り出してレイに耳打ちする。


「ノアが戻ってきたぞ。男になってた」

「えっ」と驚くレイ。

「そうそう、男、男。あいつ男になってたよ、ハハ」とモーラが同意する。

「はぁ?」


 レイは持っていた串焼きを落としそうになった。

 ノアは叙任式のあとすぐアヌシビに呼び出され、ある貴族学生の護衛任務についていた。それから3ケ月間音沙汰はなく、連絡がないのは良い知らせだと思っていたのだが……


 向こうを見ると、短く髪を刈り込んだ凛々しい騎士が、おかずを山盛り盛った皿をもってやって来た。


「よう! レイ、元気だったか?」

「ああ……」


 レイはしばらく、その男にしか見えないノアの姿をポカンと眺めていた。


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