訓練の日々 22 / 23
叙任式のあと、まずは皆、見習い騎士の領地に戻り広間に集まる。
戻る途中、中庭まで香るご馳走の匂いに惹かれチラッと食堂を垣間見ると、もうすでに今まで出たことのない料理が並んでいた。ノアとモーラが鼻息荒く見つめている。
「ノア、騎士らしくしろよ」
レイがノアの肩を肩でこずいた。
「う、うん」
ノアは、手に持ったマントの紋章を見つめ何とかその場を離れた。
広間につくと、すぐにヴィベールが来てこれからのことを話し始めた。後ろには、隠密部隊隊長アヌシビ、魔法部隊長隊長セイセルー、シエンナ地区長官バレン、テト地区副長官グレーン、そしてストラスブルが控えている。
「まずは、おめでとうと言っておこう。そして、これから今まで以上に忙しくなるぞ」
と言って並ぶ皆を見回した。
「皆はずっとここに隔離されていたので、あまり情報を知らぬと思うが、今、シエンナ騎士団の管轄区では、南に位置するテト地区にて隣国との小競り合いが起きておる。まだ、何とも言えぬ状況だが予断を許さぬ。そこで、明日から早速、ランスとビルバには他の騎士たちと一緒にテト地区へ行ってもらう。詳しくはテト地区の副長官グレーンから聞くように」
咳払いをしてヴィベールが続ける。
「他のものは、城壁内の担当をノア、モーラ、サンタン、城壁外の担当をレイ、トーブ。そしていきなりで何だが、わしの下で特務兵としてロッカ、ルッカ。それぞれついてもらう。城壁内担当はシエンナ地区長官バレンから、壁外担当はストラスブルから詳細を聞くように」
レイとトーブが顔を見合わし、そして同時にストラスブルを見た。
目が合うと、ストラスブルはニカっとしブルズブートキャンプの決めポーズをとった。
「レ、レイ、やばいぞ。俺らの筋トレ終わんねえぞ」
「……あ、ああ。そのようだな」
レイはゴクリと唾をのみ、居残り筋トレ「ブルズブートキャンプ」の日々を思い出した。
その後、それぞれの担当官から説明があり、残った食事までの時間は自由に過ごせる事となった。
ランスがレイに近づき声をかけた。
「レイ、もしよければ手合わせ願いたい」
「……」
「ここには入団試験の時に使った木製の武器も盾もある。私は向こうに行く前に全力のレイと戦っておきたい」
「喜んで相手をしよう!」
レイも、この訓練での成果を試してみたかったし、もう一度ランスに挑みたいと思っていた。
グレーンが「なんだ試合をするのか?」と目を輝かせてすぐに飛んできて「私が審判をしよう」と申し出た。
それからグレーンの計らいで、入団試験の時の木製の武器、盾が用意され、加えて今回は怪我を防ぐために甲冑もつけよという事になった。シエンナの甲冑は機動性重視かつシンプルで機能的に作られてはいたが、それでも10kg以上の重さはある。レイはズシリとした重さに心地よい安心感を得た。ここでの訓練で体重は10kgほど増え、甲冑を支えて動ける筋力もつけた。ヨシ!っと気合を入れる。
「形式はシエンナでの試合形式とする。5回の組み打ちの中で、どこかで一撃を決めたら勝ちだ。勝ったものは残り、次の挑戦者の挑戦を受ける。5回の組み打ちでも決まらぬ時は、両者交代となる」
自身も甲冑をつけたグレーンが宣言した。
そんなグレーンを見てヴィベールが「アイツも好きだな」と隣のアヌシビに声をかけた。
レイの横にノアがやってきて耳打ちする。
「レイ、グレーン隊長も甲冑つけてるぞ。隊長もやる気じゃ」
「ああ。……でも、そんな事どうでもいい」
そう言うとレイは、すでに準備を整え待ち構えているランスをみた。
「入団試験での借りを返してくる」
レイは中型の盾とブロードソードを手に取りランスの前に立った。ランスも同じく中型の盾とブロードソードを持っていた。グレーンが両者の間に立って「これより、ランスとレイの試合を開始する」と宣言し、「始め!!」と声をかけた。
すぐに間合いを取った二人の間に、痺れるような緊張が走った。
ランスは以前と同じように盾全体で体を隠し、剣を頭の右上段に構え切先をレイに向けた。レイも、前回のハンドグリップの小型盾とは違い、ランスと同じ盾を取ったので、身を盾に隠し剣を上段に構えると自然と同じような構えとなった。
似ている。レイはランスを見てそう思った。レイの師匠はノースレオウィルの剣術、ソード&バックラーの流れを汲む固い守りの剣術だった。そこから相手の隙をつく一撃を繰り出すのだ。師匠との戦いを思い出しながら、サッと間合いを詰めた。
最初の一撃を繰り出したのはランスだった。レイは素早い上段の攻撃を盾で受ける。しかし瞬時に牽制だと言うことが分かったので、すぐに連続で打ち込まれる下方への打ち下ろしに盾を合わせ、そのまま組み合った。盾に重い衝撃が加わるが、以前のレイのようによろめきはしなかった。そのまま相手を押し込み、ランスの引き際に鋭い一撃を繰り出した。
ランスは体制を崩しながらもその剣を盾で弾くと、鞭のように体をしならせ、下段から気合の乗せた剣を摺り上げた。レイは流星のごとく振り下ろした剣でその剣を受け止めたが、手に激しい衝撃を感じる間もなく、気づくと岩がぶつかるが如くランスの突撃を受けていた。その突進を受け体勢を崩す。しかしそれでも、ランスの脇腹に向け線を残すような鋭い一撃をはなった。
ランスは身をひるがえし、その一撃を避けると鋭い一撃を振り下ろす。
レイは辛うじてその唸りをあげる一撃かわして間合いを取った。
全身から汗が噴き出していた。それからも、一進一退の攻防が続き5回組み打ちをしても勝負はつかなかった。
「そこまで!」とグレーンが試合を止める。
「両者引き分け!」
ランスがレイに近づき声をかけてきた。
「レイ。ありがとう。いい試合だった」
「こちらこそ剣技に励む昔を思い出した ……ランス、向こうに行っても元気で」
レイはそう言うと、右の拳をランスに向けた。
「ノースレオウィルでは拳と拳をあてて、思いを繋ぐ」
ランスは拳を握りしめるとレイの拳に当てた。
「ああ、また会おう」
全ての力を使い果たしたレイは、何とか場外まで出ると座り込み、甲冑を外し始めた。
「甲冑脱がなくていいぜ。次の相手は俺だ!」
レイが見上げると、甲冑をまとったディックが立っていた。そこにいたのは、あの入団試験の1回戦でレイが剣を叩き落とした剣術初心者のような男ではなく、自信に満ち溢れた戦士そのものだった。
「ディック?」
「入団試験でわざと負けてやったのはわかってるな?」
「……」
「俺の本当の強さを教えといてやろう。本気出せば、お前もランスも目じゃねえ」
ブロードソードを構え、やる気満々のディックの目が燃えているのがわかった。
「ディック!」とグレーンの鋭い声が飛ぶ。
「レイとやりたければ。私を倒してからだ、今、中央に立っているのは私だ、こい!」
ディックが、「クッ」とレイから目を離し中央に歩みを進めた。
ノアがレイの元にやってくる。
「ディックってあんなやつだったんだな」
「ああ。出来るぞ」
「ふーん。でもグレーン隊長とどっちが上だろ」
広間の片隅ではそんな様子を見ているヴィベールとアヌシビがいた。
「どうしたアヌシビ。浮かぬ顔しておるな」
「隠密の部隊に楽しい事などありませんので。そして面倒臭い仕事が……」
「危険な仕事か?」
「いえ、危険はまずないかと。しかし、14の子供に紛れ学校に潜入し、ある貴族の子の護衛をせねばなりません」
「お金はもらえるのか?」
「そちらは問題なく。ヴィベール殿」
「では人選か?」
「ディックを教師として行かそうかと思っておりましたが……」
グレーンと試合をし、熱くなっているディックを見て言い淀む。
「教師役がつとまるかどうか? それに、教師では授業中以外の護衛がしづらく……」
「生徒ねえ、うちにも子供っぽい奴がいるがな」
とノアをアゴで示した。
「男子校ですの」とアヌシビが返す。
「男みたいだがな」
その時、ハッとアヌシビが顔をあげ、目がキランと光った。
「あ、わし、余計なこと言ってしまったかな?」
とヴィベールが呟いた時にはもう、アヌシビはノアに声をかけ、体のサイズを測りに行っていた。




