訓練の日々 20 / 23
「どうした? 二人とも?」
ノアが、口をあけたままポカンと見つめてくるレイとトーブに声をかける。
レイはノアに、いきさつを簡単に話してやった。ノアがくわえたカツレツを皿の上にポタッと落とした。
「す、すまない。ちょ、ちょっと待て」
と言って、ノアが口に入ったカツレツまで吐き出そうとするのを、レイとトーブが「やめろ!!」と急いでとめる。
「あーもう。ほんとにお前らは!」
トーブはそう言うと、ノアの皿に落ちた残りのカツレツを口に放り込んだ。そして「うまっ」と呟いた。
「さっき、レイが、迷いは、食って、寝て、忘れろって言ったけど、これは忘れられねえな……」
「……」
「忘れられねえよ。ここでの事は……」
そう言ってトーブは、残りのカツレツも猛然と食い始めた。
× × ×
その日の晩は、ノア含め、皆でサンタンのギターを聴いた。
「レイ、レイのリクエストはあるかい?」サンタンが訊く。
「まだリクエストを訊いてなかったのはレイだけだ」
「……ない。俺は、今まで音楽というものに触れてこなかったから。曲を何も知らないんだ」
「そうか」
傍から「ノースレオウィルと言ったら、「伝説の魔法使いウィル」だろ」とトーブが言う。
「そうだな」とサンタンは少し考えたあと、座った体勢で片足をあげ、その間にギターを挟み構えた。目を瞑り、一呼吸置いた後、ギターを爪で弾き優しく弾き始めた。
弾ける音の粒は、まるでノースレオウィルの湖に降る雨のように、小さな波紋を空間に伝えては溶けて消えた。静かな哀愁あるギターに合わせ、サンタンが語り出す。
「その者、北の果て白き清浄な地にて、
星より生まれし魔法使い。
食がなければ魚を与え、
暖がなければ湯を与え、
明かりがなければ希望をふらし。
自由に風に吹かれ、
さすらい歩き、
たどり着いたその先で、
強く生きるもの、魔法使いウィル。
国に来たりし災いを払い、天へと還る。
光る道を歩みて、天へと還る」
レイの脳裏に、小さかった頃「魔法使いウィル」の話をしてくれた祖母の姿が浮かびあがった。温かく優しく愛にあふれた語り。それはレイに向けられたものであると同時に、何故か魔法使いウィルに向けられたものでもあるのを感じていた。祖母は魔法使いウィルの何を知っていたのか? 「強く生きなさい」という残された言葉にどう言う意味があったのか?
レイは輝星石のペンダントを握りしめた。
演奏がおわり余韻が解けると、レイはサンタンに訊いた。
「サンタンはその歌は本当だと思うかい?」
「さあ? でも詩に残っているぐらいだからな ……図書館で調べればわかるかもしれないが。まあ、本当か嘘かは置いといて、自分はウィルみたいな風に吹かれてたどり着くって生き方は好きだね。……大変だけどね」
「強く生きるとは、一体……」そう言ってレイは俯き目を閉じた。
「また、難しい事考えてんだろ。レイは難しい事考えすぎなんだよ」
そう言ってトーブがレイの肩をこずく。
「たいした事じゃないさ。ただ、『強く生きる』これは、祖母が残した言葉で、ずっとそうありたいと思ってたんだ。だけど、その意味すらわからなくて。俺が生きる意味って……」
「だから、それが難しいって言ってんだよ。そんなの答えなんてねえよ。楽しくいきりゃあいいんだよ、楽しく。悩むなよ、レイ」
「……」
「ちなみに、そういう言い方するなら、おれは『楽しく生きる』だ」
トーブはそう言って胸をはった。
レイはトーブらしいなと思いフッと鼻で笑った。
ノアがサッと立ち上がる。
「私は『今を生きる!』」
……そうだな、ノアらしい。
「俺は『食べて生きる!』 食べなきゃ死ぬぜ」とモーラが言った。
「あー、それ、いいな。私も」とノアが賛同し笑いが起きた。
その笑いが収まったころ、ビルバが「今日も生きている」と呟いた。
「私は、今日も生きてしまった。何故だ? と後悔し過去ばかりを見ていた。しかし、ここにきて皆と接しているうちに、『今日も生きている』と思えるようになった。わずかな違いかも知れないが、私にとっては大きな変化だ。ありがとう」
ビルバはそう言って。皆を見回した。
「俺たちは『作って残すために生きてる』」とルッカが、
「『リッカと俺ら二人の証を残すために生きてる』」とロッカが言った。
サンタンがギターを一度だけ鳴らし「私は、少しでもいい、『音楽と共に生きる』……それ以上のことは望まない」と口にした。
そして、皆の視線がランスに集まった。
「私は……『私は、未来の為に生きている』」
そう言ってランスは両手を握りしめた。
サンタンがそれを訊いて、「それでは、われわれの未来のために」と言って、最後のギターを弾いた。その音は、軽快に風に乗り羽ばたいていった。
レイは、ひとまず見習い期間が終わったら、魔法使いウィルのことを調べてみようと思った。それが何になるのかは分からなかったが、調べてみたいと強く思った。そして、目の前の目標が一つできたことで、不思議な安心感を得ることができた。