訓練の日々 19 / 23
シエンナ騎士団の領地中央には四角い塔があった。
ヴィベールは階段下の見張りに言葉をかけ、階段をゆっくりと登り上部にある会議の間を目指した。鉄枠の頑丈な扉の前で呼吸を整える。扉を開けると、丸い円卓に隠密部隊隊長アヌシビ、シエンナ管轄区長官バレン、テト地区副長官及び訓練主担当グレーン、シエンナ地区所属訓練副担当のストラスブルが座っていた。魔法部隊隊長セイセルーは窓辺に立ち、その細身の体を窓枠にあずけ騎士団の領地を見下ろしていた。
上座の席が二つ空いていて、その一つに軍務長補佐頭のヴィベールが座る。もう一つは軍務長のモンペリの席だ。それ程大きくはない部屋だったが、彼らが会議をするには十分な広さだった。窓から入って来た風に、むき出しの石壁に掲げられた松明が揺れる。
ヴィベールが席につくなり「訓練も終わるな、今回残ったのは9人か。まあ、こんなもんだろう」と言った。隣に座るアヌシビが首を傾けると艶やかな黒髪が、鮮やかなオレンジ色のワンピースの上にハラリと落ち、甘い香りが仄かに漂った。
「ヴィベール殿、軍務長は?」
「すぐに来る。どうした、浮かぬ顔をしておるな?」
「いえ、……後で皆に話しますが、ラクフの件が少し面倒なことになっておりまして」
「どこの国のスパイだったのだ」
アヌシビは手を上げ「それが」と言い淀んだ。
「吐かぬのか? それとも死んだか?」
「いえ、死んでおりません。それに吐くも何も、最初から素直に全てを話しましたが……」
「じゃあ、どうした? どこの国だ」
「国ではなく、武器商人ビシェットの組織の者」
「……死の商人」
「ええ」
「まあ、しかしスパイなら対応は変わらぬだろ。生かしておくわけにもいくまい」
「総長から無駄な殺生は止せと。それにビシェットとの取引がつまづくと困るのは、軍務長補佐頭のヴィベール殿では?」
「う、うむ」
ヴィベールは腕を組んで深いため息をついた。軍務長補佐の仕事は多岐にわたる。補給の手配、物品の維持、労役従士の統括、そして武器や馬の管理だ。その頭として長く勤めてきたヴィベールには確かに深刻な問題だった。10年前まではまったく考えもしなかった問題だったが、武器商人の台頭とともに、その取引によって、ときに戦いの勝敗を分けるまでになってきていた。
考え込むヴィベールは、頭を切り替えるように話題を変えた。
「バレン、グレーン、今回の見習い騎士たちの配属はどうする? もう決まったのか?」
バレンと呼ばれた男は、眼帯をした壮年の男でグレーン、ストラスブル同様、屈強な体つきをしていた。きれいに切り揃えられた立派な赤髭が威厳をはなつ。
「グレーン、テト地区の最前で即戦力が欲しいと言っていただろ。お前はその為に今回、担当官にまでなったんだ。まず選んでいいぞ」
バレンがチラッと横を見ながら低い声で言った。
「では、ランスとビルバをお願いできれば。モーラとレイは見どころがありますがまだ若い。もう少し、経験と力をつけたら是非」
「うむ。まあ妥当かの」とヴィベールが答えた。そして「あの魔法使いも残っているじゃないか。良かったなセイセルー」と窓際に声をかける。
「僕はめんどくさいので、どっちでも別に……」
とセイセルーが短い砂色の髪を撫でながら、やる気のない返事を返した。
ヴィベールがため息をついた時、重い扉が開き軍務長のモンペリが入って来た。皆、サッと席を立ち一礼する。
× × ×
ある日の練習後、グレーンから「皆、よく耐えた」と一言あったあと叙任式に関しての話が伝えられた。総長、副総長ともに、ロヴァンヌ王国の王都に出向いて不在のため、軍務長モンペリからシエンナ騎士団への叙任がなされるらしい。そして、シエンナ騎士団としての衣服や道具、防具が配られ、最後に配属が伝えられるそうだ。
その日の食堂には香ばしい揚げ物と、トマトソースの香りが漂っていた。たたいて薄くのばした肉に、衣をつけ揚げ焼きにしたカツレツに、モーラとノアのテンションがあがる。目を輝かせ食べる二人とは対照的に、席にてトーブがしんみりと呟いた。
「みんな別々のところに行くんだな」
向いで食事を取っていたレイが手をとめトーブに答える。
「散り散りバラバラじゃないし、またどこかで会うさ」
「でも、俺だけは ……どうせ一人だ」
「?」
「この前、採寸があっただろ。俺だけやっぱり別だっただろ。そう言う事だろ」
「……」
「魔法使いってそんなもんさ。レイ」
レイは叙任式にむけて、皆が工房で受けた採寸を思いだした。確かに、トーブは一人、別のところに連れていかれていた。
「……なるほど」
レイはその言葉を噛み締め少し思案したあと、トーブの皿に自分のカツレツを大きく切取って乗せた。
「な、なんだよレイ」
「トーブも好きだろ、カツレツ」
「あ、ああ、まあ」
「迷いは、食って、寝て、忘れろ」
「……」
「そう、ノアに、教わった」
「……」
「あと、居残り訓練があればいつでも呼べ。一緒にやる。どこでも行ってやるから」
「……レイ」
トーブはナイフをテーブルに置いて俯いた。
そして、そのまましばらく動かなかった。
「さ、食べようぜ」とレイがうながす。
「なになに? 私よんだ? 名前聞こえたけど」
とノアが、食べ終わった食器を持ってやってきた。そして、「どうしたのトーブ? 食欲ないの?」と声をかける。
「こんなにカツレツ残ってる! 食べてあげよっか? あ、それで私? 任せて!!」
というとノアは、レイのあげたカツレツをつかみ、かぶりついた。
レイは「アッ」と言う間もなく、トーブと共に口を開けてノアを見つめた。




