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訓練の日々 17 / 23

 すぐにトーブが自分の事のように自慢して、皆にサンタンのギターのことを話して回った。


「いいのか? サンタン」


 とレイが気にして聞くと。


「いいよ。むしろ一人一人に説明しなくて済むから楽だよ」

 

 と言ってサンタンは軽く笑った。

 そして、その日の晩からサンタンは、夕食後1時間ほどの自由時間ずっとギターを弾ていた。(はじ)ける音の作り出す世界が、中庭の空気になじみ幻想的な時をうみだす。ある時は哀調を帯びた優しい民謡を、ある時は激しいリズムの舞曲を、またある時は柔らかな音色の響く安らぎの曲を奏でていた。


 トーブを始め、皆がその音に魅了される。もちろんレイも。

 そして皆がそれぞれリクエストする曲から、皆の過去が少しずつ見え始めて来た。


 元石工職人のルッカとロッカは、ザート地方の舞曲をリクエストした。心を打ち奮わすリズムに体が熱くなる。体が自然とリズムを刻むこの曲に、ルッカとロッカは涙していた。これは、故郷に残して来た三つ子の一人リッカの好きな曲で、良く彼女が踊っていた曲らしい。工匠でもあった彼女が設計をし、石工職人でもあったルッカとロッカが作る。そんな日々があったそうだ。彼女は今、とても踊れる体ではないらしいが…… ルッカとロッカは彼女の医療費の為に安定した収入を得に来たらしい。また、彼女と一緒に建物を作るために。

 普段、二人でしか話のしないルッカとロッカが、とつとつと語った。


 年配者のビルバは鎮魂歌(レクイエム)をリクエストした。静かなギターの調べが中庭に流れた。ビルバは、傭兵時代助けられなかった仲間に、そして戦争で失った家族に、この曲を送ったそうだ。言葉少なに言ったあと、ビルバは「次は陽気な曲を頼む」と言い残して、その場を立ち去った。


 ノアが「船乗りの子守唄」をリクエストする。ノアの出身マリニエール=シュル=メールの曲だ。レイがノアを見ると、その陽気で優しい曲を、抱き締めるように聞いていた。レイもその様子を見て、心温まる時に身を委ねた。


 ランスはここ「ロヴァンヌ王国」の愛国歌をリクエストした。「一番だけでいい」と言って腕を組む。行進曲のような勢いある曲に、気持ちが高揚する。そんな中、リクエストしたランスだけは一人目を瞑り、その顔は重苦しく沈んでいるように見えた。


 弾き終わってサンタンが、フーと息をつく。

 様々な幻想的なひとときが終わる。


 不思議な時間だった。

 サンタンは「自分は吟遊詩人として各国を歩き回っていた」と言った。しかし、レイにはピンとこなかった。吟遊詩人と言うと喋りのうまい陽気で明るい者を想像した。しかしサンタンのイメージは全く逆だ。サンタンは陽気に何かを話すわけではなく、何かを進めてくるわけでもなかったが、その音楽を聴いていると、不思議といろいろこちらから話しを聞いてもらいたくなるのだ。


 いろんなことを伝えるよりも、いろんなことを受け止める、そんな不思議な吟遊詩人だった。

 



 レイは風呂の時間、湯船に浸かりながら、その感想をサンタンに伝えた。


「吟遊詩人だっていろんな奴がいるよ。ま、自分は、レイの言うように向いてないのかもしれないけどね」


 サンタンはそう言うと軽く笑った。


「それはないだろ。あれだけの演奏ができるのに」

「いや、自分は純粋に音楽を愛したいだけだよ」

「だったら、今までの様に吟遊詩人をしていた方が」

「そんなに甘くないよ吟遊詩人の仕事は。そして、食べていくためにではなく音楽をしたいって言ったら、笑うかい?」

「えっ?」

 

 レイには、サンタンの言いたいことが良くわからなかった。


「いや……」そう言うとサンタンは、また少し笑った。

「どうした?」

「いや、何だかおかしくてね」


 サンタンはどっぷり肩まで浸かり上を向いた。

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