訓練の日々 16 / 23
訓練が終わりに近づいたある日、軍務長補佐頭のヴィベールの部下にあたる、オルレアという、およそ騎士らしくない格好をした男がやってきた。薄汚れたチュニックの上に、ゴツい革エプロンをし、腰に分厚いグローブを下げている。煤で汚れた顔には、よく見ると大きな火傷の跡があった。
「今日の訓練は俺が担当する。オルレアだ。付いてこい」
オルレアについて騎士団の区画に入る。今まで隔離された見習い騎士の区画しか入った事がなかったので、皆、神妙になった。連れてこられたのは、区画の中でも一番端、しかも城壁が少し飛び出た格好のような場所だった。
飾り気のない石造りの建物に入ると、中は広々としており、様々な道具、武器、そして鉄、石、木、皮、布などの材料や工具が壁面に沿って所狭しと置かれていた。作業台が複数あり各分野ごとの工房として区切られている。奥には鍛冶場があるのか、カンカンという鉄を打つような音が聞こえ、近づくと蒸した熱気が漂ってきた。
オルレアは「ここはシエンナ騎士団の工房だ」とだけ言い、その後は「おい!」と若手の職人を呼んで「ここの説明をしろ!」と命じた。説明によると、ここでは鉄器や蹄鉄から、木製のもの、革製のもの、チュニックやシーツなど布製のもの、そして城壁などの石まで、とにかく何でも補修を行うそうだ。
その流れで、工房をめぐり説明を聞いていくだけで午前中が終わった。皆、少し拍子抜けするような感じで食堂に向かおうとした時、オルレアが呼び止めた。
「ノア、トーブ、二人は居残りだ。昼飯抜きで、練習用、木製の武器を作れ!」
「エッ!!」
と二人が驚く。
「二人には壊した武器の心当たりがあるだろ。槍が5本。あとワザと焦がしたソードが3本」
「……」
「壊したものはここで新しく作ってもらう。それが終わるまでは、これからもずっと昼飯抜きだ」
「イーー!!」
「ヴィベール様からのお達しだ」
二人が顔を見合わせ固まっていた。
レイは二人の元に戻ると「俺も手伝ってやるよ」と笑って声をかけた。
「あのう、オルレア様」と優しく柔らかい声がした。聞きなれない声だった。見るとサンタンが戻ってきていた。「あそこの道具の中にある楽器はこれから補修するのでしょうか?」
オルレアはサンタンの指差した方を見つめ
「あれはない。リュートとも違うし、直せるやつがおらん」
「あの、もし良ければ、自分が直しても良いでしょうか?」
「出来るのか?」
「はい。あれはギター、リュートから枝分かれした、自分の故郷の楽器です」
「そうか。いいぞ、好きにしろ」
「はい。ありがとうございます」
そんなサンタンとオルレアのやり取りを、3人は黙って見ていた。
トーブがつぶやく。
「おい、サンタンがすごく喋ってるぞ」
「ああ」とレイが相槌を打った。
「それより、サンタンのあんな表情見たことないよ」
とノアもつぶやいた。
それから、3人が木製の練習用武器を作る間、ずっとサンタンはギターという楽器の修理を生き生きと続けていた。修理は次の日も続いた。
3人が武器を上げるのと同時にサンタンもギターの修理を終わらせた。ノアが素早く、近寄って「サンタン楽器弾けるの?」と聞いた。サンタンは言葉で答える代わりに、優しい表情を見せ弦を爪弾いた。
そして、そのまま美しい旋律の郷愁の風を感じるような短い曲を一曲弾いた。
「すげ〜」とトーブがポカンとした顔で感嘆をこぼした。
レイとノアも同じ思いだった。
オルレアがやって来て声をかけた。
「お前、弾くことも出来るのか? それじゃ、持って行っていいぞ。どうせここに置いておいても誰も弾かん」
「ありがとうございます」
と、サンタンが今まで見たこともないような笑顔で答えた。
オルレアは片手を上げると、工房の奥に去って行った。