訓練の日々 10 / 23
歩廊の上からは城塞都市シエンナの全体が見渡せた。
夜の闇をかき消す様に、街並みの灯りが美しく灯っていた。
きっとあの場所では賑やかな喧騒が響いているのだろう。しかし、この歩廊では強い風の音しか聞こえなかった。
ラクフが連れていたかれた後も、クレテイスはしばらく歩廊に残ってその夜景を見ていた。ベールに残された他とは違う直黒のナイフを見つめる。気がつくと隠密部隊長のアヌシビが隣にやって来ていた。その黒い長髪が風に靡く。
「アヌシビ様!」
クレテイスがサッと跪く。
「良い。クレテイス立ちなさい」
「……」
クレテイスは遠慮する様に静かに立ち上がった。
「黒い羽は使わなかったのですね?」
「これは、もう、使うことも無いかと」
「……そうですか。もう殺しはしませんか。 ……戻らないのですね」
「はい。 ……申し訳ございません」
「修道女として潜ってもらいたい所があったのですが」
「命令とあらば」
「いや良い。医療に励みなさい、それも大事な役目」
「……はい」
アヌシビは「しかし、寂しいぞ私は」と呟いて顔を背けた。
二人はそのまま、強い風に吹かれながら、遠くにも近くにも見える街並みの明かりを静かに眺めていた。
× × ×
宿舎では、皆、事の成り行きを理解できずに騒然としていた。ラクフの暴走もさる事ながら、ディクの豹変にも驚いていた。そして、何が起きたのか全くわかっていなかった。レイは蹴破られた窓扉の外を見ながら、ラクフが残した言葉を考えていた。「お前とは本当にもう一度やりたかったぜ。本当の殺し合いをな」ラクフはそう言ったのだ。
すぐに混乱を収める様に、グレーンが衛兵を従えやって来た。
「ラクフは捕まえた。詳しい経緯は明日話す。今は安心して眠れ」
と言って、窓扉の修理や衛兵の配置などを指示していく。その日は衛兵が宿舎の外を見張り、皆、宿舎から出ることを禁じられた。そして次の日、朝食の後、皆、大広間に集められた。レイは、朝食の時も、この大広間にも、ノアがいない事が気になっていた。
広間には、ストラブル、グレーン、そして軍務長補佐頭のヴィベールと隠密部隊隊長のアヌシビが入って来た。トーブが「綺麗な人だよな」とレイに耳打ちした。
「昨日の事をヴィベール様が話してくださる」
グレーンがそう言うと、ヴィベールは白髪の頭を掻きながら皆の前にまでやって来た。
「まあ、その、なんだな。そんな心配するな!」
「ノアは? ノアがここにいませんが?」
レイが声を上げた。