訓練の日々 9 / 23
ラクフはストラスブルの槍を器用に避けながら、外壁を登っていた。ロープを狙われてからは、右に左にロープを揺らしながら登らなくてはならず、かなりの時間を要した。
城壁の上部に手を掛けた時、すぐ下の壁にストラブルの放った槍が突き刺さった。「まったく、なんてバカ力だ!」ラクフが体を城壁の歩廊に持ち上げると、荒れた強風に煽られ体がよろめいた。
「そこまでだラクフ。諦めろ!」
歩廊の先にはクレテイスが立っていた。黒いベールと白いウィンブルを外し、裂けたトゥニカからはスラリと足が飛び出していた。栗色髪が強風に靡いている。
「おっといいのかい? 神様に使える者がそんな格好をして」
「フン。この格好は、アヌシビ様が私に課した課題でな。非常時のみ解除して良い事になっている。私が仕えているのは神ではない。アヌシビ様だ」
そう言うとクレテイスは、黒いベールから指の長さほどの小さなナイフを取り出し、右手に持ち後方に構えた。
「チンケなナイフだ。投げる気かい? 一発弾いて、近づきゃ終わるぜ」
「近づけはせん」
城壁には強い風が吹いていた。ラクフはついていると思った。あんな小さなナイフじゃ当たっても致命傷にはならないだろう、それにこの強風、狙いは外れるに違いない。背を向けて後ろの環状囲壁に逃げる事もできるが、ナイフは間違いなく食らってしまうだろう。
それより……
ラクフが腰のナイフを取ってジリジリと間合いを詰めた。最初の一本を弾いて間合いを詰めて終わらせる。
強い風が吹いた一瞬。ラクフがスッと間合いを詰める。その瞬間クレテイスが音もなくナイフを投げた。速い! だが対応できぬ事はない!! ラクフはナイフ弾き、そのまま一気に間合いを詰めようと思った、……が、腕に鋭い痛みが走る。? ナイフは弾いたはずだ。手応えはあった。
……二本投げていたのか、チッ、小賢しい。
ラクフが痛みを堪え間合いを詰める。今度は避ける!
クレテイスが投げたナイフが白い軌跡を残し飛んでくる。ラクフが身を躱したと思われた瞬間、白い軌跡は軌道を変えラクフの太ももに突き刺さった。次の軌跡もナイフで弾こうとした瞬間に軌道を変え、右肩に突き刺さる。
「な、これは。死鳥羽!」
「……」
ラクフはベルトからもう一本、蛇腹状のナイフを取り出すと両手に構え息を整えた。
「伝説じゃねえか。こんな所で戦うことができるとは、これ程嬉しいことはないぜ」
「そんな大したもんじゃない。昔、少々派手な仕事を片付けただけだ」
隣国エクス=アン=ディーヌで恐れられた暗殺者「死鳥」、その者は羽の様なナイフを使い、軌道を変え飛ばしてくると聞いたことがある。クレテイスが「死鳥」なのかはわからないが、やっかいなナイフだ。ラクフは痛みに耐えながら考えを巡らせた。 ……もう1本2本受けるのは仕方ない。覚悟を決めるか。
ラクフは急所を隠し、勢い良く飛び込んだ。チャンスは一瞬、一撃。仕込み靴のナイフ、これでケリをつけてやる!
クレテイスはナイフを投げると、ふわりと身を躱し突っ込んでくるラクフを避けた。
「皆、そうやって的になる」
ラクフは一撃を繰り出すことができなかった。その両手、両足に無数のナイフが突き刺さり動かす事が出来なかったからだ。
そのラクフを、後方より音もなく近づいていたディックが取り押さえた。
クレテイスがラクフに近づいて声をかけた。
「腹は治ったのか?」
「……クッ」
「私を甘く見るなと言ったはずだ」
また歩廊に強い風が吹いてクレテイスの栗色の髪が靡いた。