訓練の日々 1 / 23
石造りの壁に囲まれた簡素な部屋、飾り気のあるものは壁にかけられた、ここトラヴィス領を含むロヴァンヌ王国、及びその周辺の国々が描かれた大きな地図だけで、後はテーブルと椅子が6脚あるだけだ。
ランプが、テーブル上でチェスを楽しんでいる二人のシルエットを作り出していた。上座に座っていた老騎士ヴィベールがナイトの駒を動かす。
「それで?」
ランプの光が、しっかりと閉じられた窓の木戸に、スラリとしたそして女性特有のシルエットを作り出す。ヴィベールの相手をしていたのは、入団試験の時にヴィベールの隣にいた隠密部隊隊長のアヌシビだった。アヌシビがルークの駒を動かすと、ハラリと長い黒髪が顔に落ちた。その髪を静かにかき分けながら、慎重に言葉を選んで喋り始めた。
「見習い騎士の中に怪しい奴がいます。スパイかもしれません」
「もう、分かったのか? 早いな」
「うちの隠密部隊は優秀ですからね」
「誰だ?」
アヌシビが身を乗り出してヴィベールに耳打ちする。
「そうか。ふーむ。なるほどな。身分証の羊皮紙を見た時に怪しいと思ったんだが。やっぱりか」
「だったら最初に弾いて下さいよ」
「いや、ほら、うちの隠密部隊は優秀だから。で、捕まえるか」
「いや、まだです。全員の情報が集まっていませんから。今、捕まえると他の者が警戒します。今回は僻地まで出向いてますので、あと2、3日はお待ちください」
「うむ」
「一応その者には一人見張りをつけ、何か怪しい所業があったら、すぐ捕まえるように手筈は整えております」
「この事を知っているのは?」
「隠密部隊以外では、ヴィベール殿だけ。これからグレーンと、訓練担当のストラスブルには話そうと思っております。逃げ出すことはないと思いますが、その時は引っ捕えてください」
「うむ」
「……チェックですね」
「……わかっとる」
アヌシビの動かしたナイトの駒を凝視するヴィベール。やがて静かにキングを動かす。
「総長には報告せぬのか?」
「まだです。自白させて情報を引き出してから。……何とも気が重い、嫌な仕事です」
「だれか、そういうのを苦とも思わぬ奴にやらせれば良いではないか」
「そんな手抜きはできませぬ」
コンコンと樫の木の扉を叩く乾いた音がする。
「ソルトです。訓練主担当テト地区副長官グレーン様、副担当のストラスブル様お連れしました」
アヌシビはクイーンを動かすと「チェックメイト」と言ってヴィベールに微笑みかけた。ヴィベールの視線が盤面で固まる。
「どうぞ入って下さい」
入団試験にて主試験官を担当したグレーンと、その後ろから丸坊主、鋭い目つきの厳つい顔の男が入って来た。