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第52話 昔の話①

「少しは落ち着いたか?」


 泣いている女子に抱き着かれるのは未知の体験だ。こういう時は頼り甲斐のある振る舞いを見せて安心させるのが最善だ思い、俺は努めて平静を維持しながら訊ねたが、果たして功を奏したのか、テレサは俺の胸板を離れ、目元の涙を拭ってから小さく頷いた。


「ごめんなさい。酷い怪我をしてるのにいきなり抱き着いたりして……」


「むしろ大歓迎さ。泣いてる女子に胸板を貸すのは男冥利に尽きるってもんだろ?」


「だから映画の観すぎですってば」


「実を言うと、昨日からずっと映画を観てるような気分なんだ。非日常の出来事が立て続けに起きたからテンションもおかしくなってる」


 テレサの身バレに端を発した怒涛の展開は俺の理解を越えた事態だ。そのせいで映画の登場人物になったような奇妙な感覚に陥ってしまい、台詞回しまでそれっぽくなってしまった。しこたま殴られたせいで体が痛みで熱っぽくなり、半分夢心地な気分になっているのも影響しているだろう。


「無事、とは言い難いですけど、無事で良かったです」


「変な日本語だな、それ。でも俺も同じ気持ちだよ。テレサが無事で良かった。これからは一人で抱え込まないで相談してくれよな」


「……こんな時にそんなこと言うなんてズルいです」


 テレサはむすっと頬を膨らませた。子供みたいな怒り方に俺は小さく噴き出したが、その拍子に殴られた箇所が痛みを発した。心配させまいと声には出さなかったが、顔にはっきり出てしまったようで、テレサに「一度座りましょう」と促され、俺はベンチに身を預けた。


「ありがとう。助かったよ」


 肩を貸してくれたテレサに礼を言うと、テレサはぽんぽんと膝を叩いた。


「横になって下さい」


「あー……それはえっと、そういうことだよな?」


「嫌なんですか?」


「いやいやそんなことは……それじゃお言葉に甘えて」


 俺はテレサの膝に後頭部を乗せた。膝枕はこれで二度目だ。目の前には相変わらず山のような乳房が聳えている。横になったことで疲れが噴出したのか、体が鉛のように重くなってきた。不思議と痛みが和らいでいき、意識が薄くなっていくのを感じる。冬の登山で死にかけた時の感覚ってこういう感じなのだろうか。


「病院には行かなくていいんですか?」


「こんなの掠り傷だ。明日にはもう治ってるよ」


「そんなわけないじゃないですか。後で手当てしますね」


「大丈夫だって。夜風が傷に染みて気持ち良いくらいだ」


「もう、またそんな冗談言って……」


「……しばらくこのままでも良いかな?」


「はい」


 そう言って、テレサは俺の頭をそっと撫でてくれた。それから俺たちは無言の時間を過ごした。短くも長くも感じられる不思議な感覚だった。まるで夢を見ているかのような気分だ。もしかしたらこれは本当に夢なのかもしれない。そう思えるほどの衝撃的な展開が立て続けに起きたのだ。俺は重くなった瞼を半開きにし、ぼんやりとした視界の中に意識を彷徨わせた。


「私、赤ちゃんの時から映画に出ていたんです」


 テレサの声が聞こえてきた。甘く優しく穏やかな声色だ。子守歌を聞いているかのようだ。


「ママはずっと女優になりたかったんです。でも役に恵まれなくて、そんな時に知り合ったのがパパでした。パパはアメリカで起業して成功を収めた日本人で大富豪でした。若い頃は日本のアイドル事務所に所属するくらいの美形だったらしいんですけど、グループでデビューする直前に事務所の反対を押し切って退所してアメリカに渡ったんです。アメリカが俺を呼んでるって言って。豪快な人ですよね」


 テレサは苦笑いをした。


「ママとパパは、クライアントとパトロンの関係でした。パパは女優を目指すママを全面的に支援したそうです。ママはパパの力を借りて舞台女優やミュージカル、映画の役を次々に射止めたそうですけど、結局は鳴かず飛ばずでした。最後の役はアクション映画の主人公の相棒の妻でした。それを最後に引退するって決めて撮影に臨んで、その途中で妊娠してるのが発覚したんです」


「それが、テレサだったのか……」


「はい。映画にはママの役で出産するシーンがあったんですけど、撮影期間中に私が生まれるのが分かったので、実際の出産を撮って映画のシーンにしようってママが持ち掛けたそうです。多分その時から生まれた子供に自分の夢を託すつもりだったんだと思います」


 子供には傍迷惑な話だった。意思決定権を持ち合わせていない、生まれて間もない状態を勝手に映画に撮られてそれを世界に晒されたのだ。


「パパはそれに物凄く怒って、大喧嘩になったそうです。パパがママに惚れ込んでたからまだ良かったですけど、パパとママがただのクライアントとパトロンの関係で、私が望んでいない子供だったら、この時に仲は破綻してたと思います」


「お父さんは、お母さんのことを愛してたんだな」


「私のこともです。それはもう目に入れても痛くないくらい可愛がってくれました」


 テレサは嬉しそうに笑ったが、すぐに顔色を暗くした。

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